東京オリンピックで輝け!
最注目のヒーロー&ヒロイン
女子柔道 阿部詩 編

 日本発祥のJUDOが五輪の正式種目に採用された1964年の東京五輪以来、柔道界の顔といえば男子の最重量級だった。

 昭和時代の山下泰裕、斎藤仁に、平成に入れば小川直也や現・男子監督の井上康生──。大男達の肉弾戦はまさしく柔道の最強を決める戦いであり、その頂点に立つ柔道家こそ顔となっていた。五輪の金メダルよりも、無差別で争われる全日本選手権の優勝こそ、柔道家がもっとも憧れるタイトルであった。



兄の一二三とともに東京五輪出場を目指す阿部詩

 その一方で、1988年のソウル五輪で公開競技となり、続くバルセロナ五輪で正式種目となった女子は、近年まで最軽量の階級となる48キロ級の谷(旧姓・田村)亮子が牽引した。

 谷が2008年の北京五輪を最後に引退して以降、長く女王として君臨し、一時代を築くような柔道家は現れなかった。だが今、攻撃的な柔道と、愛らしい笑顔で柔道界の期待を一身に背負う女子アスリートがいる。52キロ級の阿部詩(うた)だ。

 2017年11月の講道館杯を男子66キロ級の兄・一二三と同じ高校2年生(兵庫・夙川学院)で制し、翌12月のグランドスラム東京でも初の国際大会優勝を飾った阿部は、高らかにこう宣言した。

「2020年まで、阿部詩の時代を続けていきたいと思います」

 その言葉どおり、五輪イヤーとなる現在まで、日本の女子柔道は彼女が先導してきた。

 2018年はアゼルバイジャンのバクーで開催された世界選手権に初出場し、兄と同日に世界一を達成した。この大会の決勝で対戦した前年の世界王者・志々目愛(ししめ・あい)と、巴投げや寝技を得意とする角田夏実との国内代表争いは当時、熾烈を極めていた。

 阿部は国内ライバルとの相性は悪かったものの、何より相手をしっかり投げきる技術と、海外選手に対する強さが評価され、代表争いをリードしてきた。

 兄と同じ日本体育大学に進学した昨年は、東京開催の世界選手権で2連覇に成功。11月のグランドスラム大阪で優勝すれば東京五輪の代表当確となったが、決勝でアマンディーヌ・ブシャール(フランス)に対外国人選手初黒星を喫してしまう。

「神様からの試練だと思う。東京五輪では、兄と一緒に優勝したい」

 柔道を志して以来、常に3歳上の兄の背中を追い、兄の柔道を真似るだけでなく、試合中に緊張をまぎらわすために口を大きく開ける癖なども自然と兄にならっていた。

 高校1年生の頃は、初々しくこんなふうに兄のことを語っていた。

「兄の常に前にでていく姿勢は見習いたい。ずっと一緒に柔道をやってきたから、自然と仕草も似ちゃうんだと思います。顔も似ている? 私はそうは思わないけど(笑)」

 柔道で兄妹が共通するのは常に攻め手を緩めず「一本を狙い続ける」姿勢であり、背負い投げや袖釣り込み腰といった大技(担ぎ技)を伝家の宝刀とする点だ。

 阿部は言う。

「みんなが驚いて、沸くのは担いで投げること。そこにはこだわっています」

 世界選手権の2連覇によって、先に世界デビューを飾っていた「阿部一二三の妹」ではなく、世界のJUDOのニューヒロイン「阿部詩」として世界中からマークされる存在となった。

 相手を跳ね上げる内股も武器として磨き、国内外で研究されるなかでも、技のバリエーションを増やして技に入るタイミングにも変化をつけて対応してきた。

 体幹が強く、そう簡単には体勢を崩されない。日本人の柔道家にとって、まともに組み合おうとしない海外勢の組み手対策は長年の課題だが、阿部は組み際に強く、一度、引き手や釣り手を掴んだら簡単には離さない。把持力(はじりょく)が抜きん出ているのだ。

 代表の内定こそ得られなかったが、華麗で、可憐で、柔道の申し子である阿部の東京五輪代表選出は濃厚だろう。

 一方で、東京五輪出場へ窮地に立っていたのが兄の一二三である。

 2017年、18年と連覇した世界選手権は、19年の東京大会で3位に終わり、代わってライバルの丸山誠志郎が世界王座に就いた。しかし、丸山が優勝すればほぼ代表当確となったグランドスラム大阪では、決勝で丸山を支え釣り込み足で投げて(技あり)勝利し、東京五輪に向けたサバイバルレースは首の皮一枚、つながった形だ。

 女子52キロ級と男子66キロ級は、東京五輪でも同日(7月26日)に開催される。

 シニアの大会にデビューした高校1年生の頃から、阿部は取材のたびにこう答え続けてきた。

「東京五輪では、兄弟で金メダルを獲りたいです」

 意外なことに、女子52キロ級は、男女の全14階級でこれまで金メダルがない唯一の階級だ。もし、世界でも類を見ない兄妹同日Vが大願成就すれば、柔道界は男女ともに「阿部時代」に突入する。