今年の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)『花の2区』。戸塚中継所手前、『戸塚の壁』ともいわれる最後の急坂では、朝早くから多くの駅伝ファンが各校のエースを待ちわびていた。しばらく経つと、先頭集団の様子を伝えるテレビの中継車が近づいてくる。目をこらすとその後ろに、トップを争う4色のユニホームが。その中に、ひときわ輝くエンジ色が見えた。

 早大の2区を任されたのは、今季駅伝主将を務めた太田智樹(スポ4=静岡・浜松日体)。1区の中谷雄飛(スポ2=長野・佐久長聖)から、トップの見える6番目でタスキを受け取った。「とにかく先頭までいこう」。青学大らと前を追い、2.5キロ付近で追いつくと7人の先頭集団を形成。権太坂をはじめとする難所を越えるたび集団の数は減っていったが、太田智はその中でじっと耐え続けていた。

 今回が3度目の2区だった。初めて任された2年時は区間6位の好走でチームの総合3位に貢献。しかし、3年時はけがに苦しんだ。競技人生で経験したことのない長期離脱を余儀なくされ、出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝対校選手権を回避。「引きこもって、人としゃべるのをやめていましたね」。箱根は、低迷していたチーム状況もあり無理矢理調整して2区に出走したが、区間21位に沈んだ。「早大がシードを落としたのは、すべて自分の責任です」。箱根の直後、うつむきながらそう答えた時の表情から、痛々しいほど悔しさが伝わってきた。


昨年の箱根事後インタビューで質問に答える太田智

 しかし、エースはその屈辱をバネにした。復帰した後は対校戦に記録会、すべてのレースでチームの先頭を走り続け、背中でチームを引っ張った。駅伝主将としての重圧、責任は計り知れない。だがそれをすべて受け止め、絶対的な強さを見せ続けてきた。そして満を持して迎えた最後の箱根2区。15キロを過ぎると、4人に絞られた集団の中で初めて太田智が前に出る。「ここで上げないと後ろにも追いつかれる」。そこから5キロ以上にわたり、他校のエースたちを先頭で引っ張った。21キロ過ぎに東海大が前に出ると離されかけたが、歯を食いしばって追いすがる。しかし残り1キロで青学大が前に出た時、太田智は遅れてしまった。さすがにもうここまでか――。そう感じた人は多いだろう。それでも太田智の目はまだ前を見ていた。最後の力を振り絞り中継所直前、残り数十メートルのところで国学院大と東海大を捕らえる。青学大にはわずかに及ばなかったが、先頭と1秒差の2位でタスキリレー。まさに、キャプテンの意地、気持ちが伝わる魂の激走だった。


2区終盤で一旦集団から離れかける太田智。しかし、ここから2番目に上がる意地を見せた

 その後チームは山などで苦しみ、総合7位で箱根を終えた。「目標が3位以内なのでこの結果に満足してはいけない」と語ったが、無事にシードを奪還できた安どの気持ちもあったに違いない。この瞬間、やっと、主将としての責務と戦い続けた長い一年が終わった。

 これまで太田智は、自身の走りについて一度も満足した様子を見せたことがない。順位を4つ押し上げ、早大歴代2位の好タイムを記録した今回の走りについても「区間順位はあくまで6位。最後も勝ちきれませんでしたし、85点くらいですかね」。最後まで謙虚な姿勢は変わらなかったが、いつもよりわずかに高くつけた点数と充実した表情が、今回の走り、そしてこの四年間に一片の悔いもないことを物語っていた。

(記事 宅森咲子)