これぞ王者明大のフォワード(FW)の底力か。自陣ゴール前での度重なるスクラム。強力FWの東海大より1人少ない7人となっても、紫紺のジャージは結束し、修正し、耐え抜いた。ピンチを脱した明治のFWの危機にポジションを変えて対応したN0.8…

 これぞ王者明大のフォワード(FW)の底力か。自陣ゴール前での度重なるスクラム。強力FWの東海大より1人少ない7人となっても、紫紺のジャージは結束し、修正し、耐え抜いた。ピンチを脱した



明治のFWの危機にポジションを変えて対応したN0.8の坂和樹(写真中央)

 主将のHO(フッカー)武井日向(ひなた)は言葉に充実感をにじませた。左目の上の赤い血のりが死闘を物語る。

「(7人でも)まとまれば大丈夫だろうって。自分たちがやってきたことを信じることができました。1本1本、修正しながら、スクラムを組めたところが、自分たちの成長を感じられた部分だと思います」

 正月2日の秩父宮ラグビー場。ラグビー全国大学選手権準決勝。青空のもと、東海大を29−10で下し、2連覇にあと「1」とした。試合のハイライト、ほぼ満員の2万1千5百人がどよめき続けたのが、後半20分過ぎからの攻防だった。
 
 明大のLO(ロック)片倉康瑛(やすあき)が危険なタックルでシンビン(10分間の一時退場)となった。明大FWは1人減って7人となった。スコアは24−10とリードしていたが、とくに疲労が蓄積されての時間帯、1人減の影響は大きい。
 
 スクラムに自信をもつ東海大はここぞとばかり、ペナルティーでスクラムを選択してきた。位置がゴール前6、7mの中央だった。スクラムトライを狙い、青色ジャージの東海大は押しに押した。明大FWをズルズル押し込み、コラプシング(故意に崩す行為)の反則をもらった。
 
 明大としては、不測の事態を想定しての「7人スクラム」の練習は一度もしたことがなかった。この場面、バックスから1人加えて8人とすることも可能だが、武井主将らFWは誰もそんなことは考えなかった。
 
 ナンバー8の坂和樹(ばん・かずき)がFW全員の気持ちを代弁する。「なぜ、7人で」と聞けば、「明治だから」と言った。マジメな選手なのだろう、両耳は「ぎょうざ」のごとくつぶれている。
 
「苦しい局面でも逃げずに戦い続けるのが明治のフォワードだからです。ま、明治のプライドですね」
 
 この場面、ナンバー8の坂はまず、右のFL(フランカー)の位置に上がった。片倉の一時退場で空いた左LOの位置には、FLの石井洋介が移った。なぜかというと、サイズのある石井は春シーズン、LOでもプレーしていたからだった。だが、続けて、スクラムでコラプシングの反則をとられた。
 
 何度も同じ反則を繰り返すと、認定トライをとられる危険性も生まれる。もう一枚、イエローカード(シンビン)がでるリスクも。この時、武井主将と坂が加藤真也レフリーと言葉を交わし、FW全員と短く、話し合っている。同じ反則はしないという意思統一だ。坂は「今季の明治のスクラムの強みは修正力、コミュニケーション力」と胸を張った。

 直後のスクラムは回り、組み直しとなった。この際、坂は右FLの位置から左FLの位置に変わった。「なぜ」と聞くと、坂はこう説明した。

「3番(右PR=プロップ)を支える右FLの位置より、1番(左PR)のうしろの位置の方が、自分の押しが(前に)伝わる感じがあったんです。パニックにならず、冷静に対応できました」

 この場面での通算4つ目の相手ボールのスクラムだった。明大は押されながらも、1番サイドが我慢して前に出ようとした。左右のバランスは崩れ、相手ボールがスクラムからこぼれ出た。
 
 慌てた東海大のミスを誘い、明大は陣地を奪い返した。怒とうの反撃に移った。坂はその時の心境を笑顔で振り返った。
 
「ホッとしました。あの場面で耐えきれたというのは、自分たちがいままでやってきたことの成果というか、成長だと。守り切ったのはすごく自信になりました」

 実はこの場面、スタンドから見ていた田中澄憲監督は「正直なところ、(トライを)とられても仕方ないと覚悟していました」と打ち明けた。

「武井には申し訳ないけど、次のキックオフからの準備をしていました。学生が結束して耐えてくれたと思います。僕たちのイメージというか、描いているものを選手たちが越えていったということだと思います」

 ピンチを脱した明大は片倉が戻った後、さらに1トライを加え、ディフェンスを売りにしていた東海大から計4トライを奪った。準々決勝を欠場したSO(スタンドオフ)山沢京平が相手スペースをうまく突き、自在にラインを動かした。その司令塔はゴール前ピンチのスクラムの場面をこう、述懐した。

「(FWを)信頼していたので、心配はしていませんでした」

 この日のゲームテーマが『タフ・チョイス』だった。ひとりひとりが相手よりタフなプレーを選択していくこと、ハードワークすること、それがチームとなれば相手を凌駕することになるという意味である。その象徴が、ゴール前ピンチのスクラムだったかもしれない。

 そういえば、明大ラグビー部の背骨となっている故・北島忠治元監督の哲学、『前へ』にも共通する部分がある。どんな逆境でも、どんな苦しい局面でも、逃げずに前に出る。ラグビーでも生き方でも。

 準々決勝の関西学院大の苦戦を良薬とし、明大はラグビーという競技で一番大事な闘争心とハングリー精神を取り戻した。学生の成長のスピードは興味深い。『前へ』を貫き、自信が膨らみ、チームは進化する。

 さあ、新しい国立競技場での決勝戦の相手は宿敵早大となった。両校の決勝での対決は実に23季ぶりだ。これで明大は3季連続の決勝戦進出。令和初の決勝戦に2連覇をかける。

 決勝への意気込みを問われ、武井主将は言った。言葉に実感がこもる。

「新国立競技場で早稲田と対戦することを、本当にうれしく思います。ただ、どこのチームがきても、僕らは明治のラグビーをするだけです。さらに成長して、早稲田戦に臨みたいと思います」

 記者会見。同じ質問に対し、ひな壇の隣に座っていた田中監督が短く言った。

「右に同じです」

 数十人の記者で埋まった会見場には爆笑が沸き起こった。田中監督は口元で笑いながらも、目は笑っていなかった。

「相手は関係ないですね。今シーズン、大学日本一を目標にやってきたので、それを達成できるよう、一日一日こだわって。悔いのないよう、準備したいなと思います」

“明治のラグビー”とは、言うまでもなく、『前へ』である。信は力なり。迷わず、前へ。