東海大・駅伝戦記 第73回 東海大の箱根駅伝記者会見、鬼塚翔太(4年)は淡々とメディアの質問に答えていた。 春のシーズンは一時期、思い詰めた表情をしていたが、今は時折笑顔を見せるなど、ようやく調子が戻りつつあるようだった。「うーん、もうひと…

東海大・駅伝戦記 第73回

 東海大の箱根駅伝記者会見、鬼塚翔太(4年)は淡々とメディアの質問に答えていた。

 春のシーズンは一時期、思い詰めた表情をしていたが、今は時折笑顔を見せるなど、ようやく調子が戻りつつあるようだった。

「うーん、もうひとつというか、うまくいかないというか……」

 鬼塚が厳しい表情を見せていたのは、今年5月の関東インカレの頃だった。



前回の箱根駅伝で1区を任され力走した東海大・鬼塚翔太(写真左)

 季節外れの暑さのなか、鬼塚は5000mに出場し、14分10秒97(11位)。1万mは29分22秒34(9位)と入賞を果たすことができなかった。この結果に両角速監督は「『1、2年の頃が一番よかった』で終わらせてはいけないと思うんです。ここからどうはい上がってくるかですね」と、エースの奮起に期待していた。

 じつは3年時から、鬼塚はこれまでの右肩上がりの成長曲線が止まり、横ばいになっていた。思えば、1、2年の頃の鬼塚は、まさに”無双”だった。

 大牟田高校(福岡)から鳴り物入りで入学すると、1年の4月に1万mで28分56秒の自己ベストを更新。7月には5000mでも13分43秒61の自己ベストを出した。

 出雲駅伝は1区を任され区間2位。全日本大学駅伝でも1区を走り、区間10位。そして上尾ハーフでは、62分03秒(3位)で自己ベストと東海大記録を更新。初めての箱根駅伝では1区を任され、区間2位というすばらしい走りを見せた。

 2年になっても、関東インカレ5000mで2位、7月には5000mで13分38秒58の自己ベストを更新。出雲駅伝では4区で区間賞の好走を見せ、10年ぶりの優勝に貢献した。全日本では1区で区間8位。八王子ロングディスタンス1万mでは28分17秒52で自己ベスト更新。箱根駅伝は3区を走って区間3位。2年続けて3大駅伝を走り、5000m、1万mで自己ベストを更新するなど、圧巻の走りを見せていた。

 3年時も出足は悪くなかった。ゴールデングランプリ大阪の3000mで7分57秒56の自己ベストを更新した。だが、関東インカレで結果を残せず、夏合宿も故障に見舞われ、出雲は出走できなかった。それでも全日本では5区で区間2位と復活を印象づけ、箱根では1区で区間6位とチームにいい流れをつくる走りで初の総合優勝に貢献した。「トラックで自己ベストを更新できず、自分の走りは100%ではなかったけど、箱根で優勝できてよかった」と笑顔を見せていた。

 また、1月末からアメリカ合宿を行ない、大迫傑(おおさこ・すぐる)と一緒にトレーニングするなど、ランナーとして刺激を受けた。そして3月のスタンフォードでの5000mでは、14位ながら13分55秒81とまずまずの走りを見せ、飛躍のきっかけをつかんだかに思えた……。

 4年になり、春からおもに5000mでの自己ベストを目指したが、一度も達成することができなかった。夏はアメリカに渡り、再び大迫と練習するなど、秋の駅伝シーズンに備えたが、故障してしまい万全でない状態で出場した出雲は5区を任され、区間4位。レース後、「自分の走りができなかった。自分が区間賞を獲っていれば……」と責任を感じていた。

 なぜ、自分の走りができないのか──。自問自答を繰り返したが、なかなか答えが見つからない。ここ2年、自己ベストを更新できなかったことについて鬼塚は「かなり悔しい」と心境を吐露した。

「3、4年で自分が思い描いているような納得のいく結果は出なかったですけど、いろいろ学べて成長できた部分はあったと思います。ただ、タイムが出ないというのは相当悔しいです。何がいけないのか、今はまだ探っているところなんですけど……気持ちの持ち方というか、メンタルのところをもっと強化していく必要があるのかなと思っています」

 大きな舞台をいくつも経験して、レースでもほとんど緊張しないタイプ。練習もマイペースで絶対にブレない鬼塚が、メンタルの弱さについて言及するとは思ってもいなかった。

「レースできつくなった時、自分の弱さが出てしまうところがあるんです。タイムが出ないのも、そういった部分に問題があると思います。練習とか、やっていることは間違っていないと思うんです。今は耐える時ですけど、この先の競技人生はまだ長いので、いいタイムを出すための我慢の時期だと思って乗り越えていきたい」

 常々、両角監督は「陸上は精神だ」と言う。強い気持ちが、競り合いに勝ち、最後の粘りを生むという。鬼塚もそれを理解して自己改革に取り組んでおり、決して走りがどん底というわけではない。

 今年11月の八王子ロングディスタンスの1万mでは28分37秒36と復調をアピールし、箱根組の合宿でも順調に練習メニューを消化しているという。メンタルさえ追いつけば、間違いなくいい走りができる。ただ、今年は3年生を筆頭に下級生の調子がいい。4年生の鬼塚といえども、安泰ではない。

「今まで黄金世代と言われて期待されて、結果もまずまず出してきたけど、今年は3年生にかなり救われた。自分ら4年生がかなり頑張らないといけないというのはみんな思っていることなので、最後の箱根は3年生と力を合わせて、全員で結果を出していければいいかなと思います」

 激しい区間エントリー争いのなか、鬼塚が目指すのは走り慣れたコースだ。

「走らせてもらえるなら1区で結果を出したいですね。今回の1区には、東京国際大の留学生が出てきそうなので、例年のようなスローではなく、高速レースになると思っています。トレーニングはいい感じで積めているし、不安はないので、ビビらず攻めの走りでついていって、勝つレースができればいいかなと」

 レースの話になると、鬼塚の表情に覇気が宿り、口調も鋭さが増す。

 また強く走りたいと思うのには、もうひとつ理由がある。鬼塚とともに1年の時から一緒にチームを支えてきた關颯人(4年)が16名のメンバーから外れた。

「關は故障でかなり苦しんでいて、箱根も外れてしまった。4年生は關の気持ちを考えて走ってほしいなと思うし、もちろん自分もあいつのために頑張りたい」

 レースでの鬼塚は、美しいフォームゆえ華麗に走り抜けるイメージがあるが、最後の箱根はド根性丸出しの姿を見せてもらいたい。それができれば、苦しんだ2年間の壁を破れるかもしれない。それが東海大の、そして箱根連覇のスタートになるはずだ。