2019年の大学サッカー界を最も彩ったのは、紛れもなく明治大学だ。総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント、関東大学サッカーリーグ1部、そしてこの12月に行なわれた全日本大学サッカー選手権といった主要タイトルを総なめにし、同大学史上初の3…

 2019年の大学サッカー界を最も彩ったのは、紛れもなく明治大学だ。総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント、関東大学サッカーリーグ1部、そしてこの12月に行なわれた全日本大学サッカー選手権といった主要タイトルを総なめにし、同大学史上初の3冠を達成。これは関東の大学勢としても初の快挙であり、シーズンを通して盤石の強さを見せつけた。



明大サッカー部を今季大学3冠に導いた、栗田大輔監督

 さらに付け加えるなら、天皇杯予選を兼ねた東京都サッカートーナメントと総理大臣杯予選を兼ねた関東大学サッカートーナメントの2大会も制しているので、じつに5冠の荒稼ぎなのだ。頭ひとつどころか、二つも三つも抜きん出た存在だった。

“歴代最強”とも称えられる明治大学を率いるのは、就任5年目の栗田大輔監督だ。高校サッカー界の名門である清水東高から明治大学に進み、卒業後は大手ゼネコンに入社。営業職に従事する傍ら、好きなサッカーの道を邁進してきた情熱家でもある。

 静岡県出身、現在49歳。

 清水東高の大先輩には、1968年のメキシコオリンピック銅メダリストのひとり、杉山隆一がいて、5つ上には長谷川健太、大榎克己、堀池巧の”三羽烏”がいて、ひとつ下には相馬直樹がいる。そのほかにも高原直泰や内田篤人など、清水東高の出身者を挙げていたらきりがないくらいの伝統校だ(敬称略)。

 環境が人を育てると言われるが、サッカー王国の静岡育ちだけに、サッカーに関する幅広い知識と経験を兼ね備える栗田監督は、人一倍こだわりも強い。

「僕のなかでは独自性というのがすごく重要で、マニュアルどおりでは面白くないなと思っています。自分なりに積み上げてきた持論から入って、試行錯誤して、自分のアイデアとマニュアルをすり合わせていく。そんなアプローチの仕方がいいんじゃないかと。サッカーはどんどん進化しているので、常にチャレンジしていかなければいけないと考えています」

 2005年に自らの手でクラブチームを立ち上げるなど、そのバイタリティーはとどまるところを知らない。

「サッカーに限ったことではないのですが、もともと型にはめられるのは好きじゃなくて、自分から何かに挑戦したい、新たな道を切り開きたいという思いが強かったですね。クラブチームを立ち上げた時はたしかに大変でしたけど、やりがいはすごくありました」

 栗田監督が創設に奔走し、今も代表を務めるクラブチームとは、神奈川県横浜市を拠点とするパルピターレサッカースクールだ。小学生を対象にしたジュニアと中学生を対象にしたジュニアユースのカテゴリーを有し、幅広く活動している。

「純粋に楽しい」「サッカーが好きだ」という気持ちを大切に、子どもたちの可能性を引き出すことが指導理念のど真ん中だ。チームでは「わくわく、どきどき」といった感情の発露を重視しているが、”パルピターレ”とはイタリア語でまさにそれを意味する(チームの公式サイトから一部抜粋)。

 明治大学のサッカー部監督であり、クラブチームの代表であり、大手ゼネコンの営業マンであり、栗田監督の日常は多忙を極めるであろうことは想像に難くない。

「明治大学の練習は朝6時から行なっていますが、そこに顔を出して、練習が終わったら会社にいきます。フルタイムで仕事をこなしますし、ときには接待のために夜遅くまでかかることもありますね。でも、翌日の朝4時くらいに起きて、また練習に行く。そんな生活を何年も続けてきました」と、ここまで話終えると、一呼吸あってからこう続けた。

「ちょっとアホみたいな生活ですけど(苦笑)」

 この物言いは自虐的ながら、でも、どこか楽しげで、日々の充実ぶりが伝わってくる。

 とはいえ、明治大学のサッカー部監督はボランティアと聞いていたこともあり、思わず「なぜ、そこまで?」と不躾ながら尋ねてしまった。

「昨年、亡くなられた総監督の井澤(千秋)さんや前監督の神川(明彦)さんから受け継いできた明治大学の伝統を次の世代につなげていかなければいけないですからね。後任ができるまでは何とか続けていこうと思っています。明治大学の目的はプロのサッカー選手を養成することではなく、あくまでも人間形成です。そこにまず目を向けて、いろいろな刺激を選手たちに与えていきたい。勝ち負けはもちろん大事ですが、勝ち負けとはまた違うところの価値もしっかり追い求めていきたいなと考えています」

 勝ち負けとはまた違うところの価値--。栗田監督の発した、この一言が記憶に刻まれた。

 今年度の部員数は総勢59名だった。そのうち4年生は16名。半数の8名がJクラブに進む。卒業後の進路はさまざまだが、栗田監督が常々、選手たちに伝えてきたのは「視野を広げること」だ。

 その一環として、毎週木曜日に全体ミーティングを行なっている。ビジネスマンの顔を持つ栗田監督が仕事上の経験談を語ったり、サッカー界とは異なる業種の専門家を招き、講演してもらうこともあるとか。

「知らない話をたくさん聞くことができて、すごく参考になるし、将来に役立つ。こういうミーティングをしている大学はあまりないんじゃないか」と、選手たちは口をそろえる。

「これから社会に出ていくと環境が変わったり、置かれた立場が変わったりするけれど、自分が何を求められていて、どうすればいいのか、しっかり判断し、持っている力を発揮しなければいけない。そこはプロの選手でも社会人でも同じなので、そのための取り組みが必要だと思っています」

 栗田監督もまた視野を広げるための努力を惜しまない。

「僕自身が現状に満足したり、自分の経験だけで物事を判断し始めたらチームの成長は止まってしまうので、新たな刺激を受けるように心がけています。18年に早稲田大学のスポーツMBA Essenceを受講したのもそういう理由からでした。いろいろな方々に出会って人脈が広がりましたし、有意義な時間を過ごすことができました」

 早稲田大学のスポーツMBA Essenceとは、スポーツビジネスに関するさまざまな講義が組まれている社会人向けの教育プログラムだ。多方面にアンテナを張り巡らし、学びの姿勢を持ち続ける栗田監督ならではの目のつけどころだろう。



さまざまな角度から刺激を受けた明大の選手たちが、今季の大学サッカー界で暴れまくった

 15年に明治大学の監督に就任以来、総理大臣杯では5年連続の決勝進出という前人未到の実績を残した。そのうち3度の優勝を飾り、関東大学リーグ1部では2度の栄誉に浴している。そして、この全日本大学選手権で優勝し、チームを10年ぶり3度目の頂点に導いた。

 驚異的なスピードでタイトルを次々に積み上げた明治大学。試合終盤になってもなお衰えないプレー強度の高さに、他校の誰もが驚かされている。それは日々のハードトレーニングの賜物にほかならない。

「見ている人たちから”明治大学のサッカーは面白いな”と言ってもらえるようにしたいですね」

 進取の気性に富む栗田監督に率いられた明治大学は、主力の4年生が抜けたものの、来る2020年のシーズンも大学サッカー界の主役を演じることだろう。