精神科医・和田秀樹が分析~渋野日向子の魅力(前編)海外メジャーの全英女子オープンを制して、一躍脚光を浴びた渋野日向子。その後も、国内ツアーで活躍し、女子ゴルフ界を大いに盛り上げた。そんな彼女の強さについては、技術面をはじめ、あらゆるところで…

精神科医・和田秀樹が分析~渋野日向子の魅力(前編)

海外メジャーの全英女子オープンを制して、一躍脚光を浴びた渋野日向子。その後も、国内ツアーで活躍し、女子ゴルフ界を大いに盛り上げた。そんな彼女の強さについては、技術面をはじめ、あらゆるところで語られているが、精神科医から見たらどう映っているのだろうか。今回、和田秀樹先生に話を聞いてみた--。


渋野日向子が持ち合わせる

「厚かましさ」が全英女子オープン制覇にもつながった

 渋野日向子さんについて詳しくは知りませんが、テレビなどで見ている限り、心理的なコンディションがいいときは、いいパフォーマンスを出せるし、それがダメなときはパフォーマンスもよくない。悪い言い方をすれば、「子ども」ですよね。ということは、メンタルを強くすれば、これからさらにいい選手になれるのではないでしょうか。心理的なコンディションをどういうふうに高く保っていくかが、今後は重要になると思います。

 日本の経営者は、気分が落ち込んでいるときに悲観的な判断をしてビジネスチャンスを逃してしまい、逆に軽い躁状態みたいになっているときに楽観的な判断で投資して、失敗してしまうことがよくあります。つまり、経営判断がメンタルにすごく影響されているのに、彼らは、精神科医や心理学者、臨床心理士といった人をアドバイザーにつけない。そこが、日本の経営者のダメなところだと思っています。アメリカなどでは、経営者にはたいていメンタルのカウンセラーがついていますから。

 それに比べれば、スポーツの選手は専門のアドバイザーをつけていることが多いと思います。あるいは、専門でなくとも、コーチがその役割を担っている場合もあるでしょう。テニスの大坂なおみさんを見ていても、コーチとの心理的なつながりによって、あれだけ大きく成績が変わってしまいますよね。それを考えれば、スポーツ選手にも心理面のサポートをしてくれる人が必要なのは間違いないでしょう。

 渋野さんはどちらかというと、わりと子どもっぽくて、楽観的な人のように見受けられます。実際、21歳ですから、まだ若いですし。全英女子オープンで優勝したときのように、心理面で自分が「イケる!」と思ったときにはいいパフォーマンスを出せるけど、それがちょっと不安な方向に傾いてしまうと、ガタッとくる可能性があるように思います。これから期待が大きくなればなるほど、心理的なプレッシャーもかかるだろうし、それを乗り越えていくためにも、やっぱり物の見方や考え方を変えていくことが大事になってくるでしょうね。

 世の中には、挫折に強い人と弱い人がいます。例えば、開成高校から東京大学に進み、外務省に入った人が、次官レースに負けた途端、鬱になっちゃうとか、自殺しちゃうとかいう話があったとき、「それは挫折を知らないからだ」って言われることがよくありますが、我々精神科医の立場からすると、彼らは挫折を知らないからヘコむんじゃなくて、他の道を知らないからヘコむんです。もし開成に落ちても、違う高校から東大に受かればいいんだし、次官の競争に負けても、外資系企業に移って年収を3倍にしようと考えるのもいいでしょう。何かがダメになったとき、オルタナティブ(代替案)が用意できる人はわりと挫折に強いわけです。

 僕も受験勉強を教えるときに、考える力とは何かと言ったら、目の前にある難しい数学の問題を考えることではなく、それができなくてもどうやったら受かるかを考えることが本当の考える力だと、受験生に指導しています。

 だから、メンタルが強いとか、弱いとかっていうのは根性論ではなくて、メンタルがしなやかかどうか、なんです。ゴルフという競技は、1ホールごとにうまくいったり、いかなかったりするなかで、うまくいかないなりに、そこをどうやってかわすかが重要だと思いますから、特にしなやかさが求められますよね。

 バウンスバック(ボギー以下のスコアだったホールの、次のホールでバーディ以上のスコアを出すこと)が多いのも、彼女のしなやかさの表れ。気持ちの切り替えが早いからだと思います。そこは評価に値するところですよね。崩れ出したらボロボロになるのは、歳の若い選手にありがちなことですから。

 そういう意味では、渋野さんは、乗っているときと、乗ってないときの差が大きいのかなという気はしますが、大坂さんよりもしなやかな印象はありますね。渋野さんの場合、持って生まれた性格が、どちらかと言うと楽天的ということも影響しているのだと思います。

 でも、これはすごく大事なことです。受験生を指導していても、例えば、「この勉強法で東大に入れる!」みたいな本があったとき、楽天的な人は「オレも受かるかも」と思って、成績が悪くても買うけれど、そうでない人は、「いや、オレには関係ないよ。無駄、無駄」って思っちゃう。それはゴルフでも同じだと思います。

 僕が今教えている受験勉強法の最初の成功者は、僕の弟だったわけですが、弟は灘高校に落ちて、違う高校へ行き、その学校での成績は200人中80番くらいだから、悪くはなかったけれど、そもそも東大に10年にひとり、京大に1年にひとり合格するくらいの高校だったから、「関関同立に行きなさい」っていう成績でした。でも、僕は「この学校のやり方が悪いからだ」と弟に言って、僕が勉強法を教えました。そうしたら、東大の文一に現役で受かったわけです。

 ここで一番重要なポイントは、そんな成績では絶対東大なんかに入れるわけがないのに、「やり方を変えたら入れるかもしれない」って思う、弟の能天気さ。どの勉強法がいいとか、悪いとかよりも、そのことのほうが本当は大事なんです。挑戦しない限り結果は出ませんから。周りの人たちは、東大に受かったというところだけに目を向けてしまいますけど、挑戦する”厚かましさ”というのはすごく大事だと思います。

 渋野さんが全英女子オープンを勝ったときでも、それまでの実績から普通に考えたら勝てるわけがない。でも、そこで「勝てるかも!」と思える厚かましさが、きっと彼女にはあるわけですよ(笑)。何度も受験勉強の例え話になってしまうけれど、本人は謙遜して「○○大学に受かったのはマグレだよ」とか、「受かるとは思っていなかったよ」とか言っていても、そういう人はだいたい「奇跡はあるかもね」って思っていたはずです。

 最近、僕は幼児教育であれ、子育てであれ、とにかく「子どもに絶対自分がバカだと思わせちゃいけない」ということを言い続けています。算数ができて、国語ができない子どもがいたとき、普通の親や教師は、苦手な科目をやらそうとするんだけど、それよりも、まずはできる科目を伸ばすようにします。自分を賢いと思わせ、やれば伸びる経験をさせると、子どもの物の見方は変わってきますから。それは、わりと小さい頃から植えつけておくことが大事で、自分をバカだと思わせてはいけないんです。結局、自分はダメだと思って得することなんて、あまりありませんからね。

 大人になってから、悲観を楽観に変えるのはすごく難しい。結局は、楽観的なところが、彼女の最大の長所なのかなと思います。

和田秀樹(わだ・ひでき)
1960年6月7日生まれ。大阪府出身。東京大学医学部を卒業後、東大病院精神科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現在は国際医療福祉大学大学院心理学科教授。和田秀樹こころと体のクリニック院長。