8勝7敗、防御率3.82。プロ野球の投手としては、特筆すべき成績ではないかもしれない。しかし、その数字が楽天・石橋良太…
8勝7敗、防御率3.82。プロ野球の投手としては、特筆すべき成績ではないかもしれない。しかし、その数字が楽天・石橋良太のものとなれば話は別だ。
プロ4年目。これまで一軍での登板は1年目のわずか6試合のみ。それが今季は28試合に登板し、シーズン途中からは先発に転向。楽天のローテーション投手として役割を果たした。

今シーズン、28試合に登板し8勝をマークした楽天・石橋良太
サプライズ——プロアスリートにとっては失礼な表現かもしれないが、誰もが石橋をそう評した。そのことを本人に告げると、さほど気にしていない様子でこう語る。
「去年なんて、二軍どころか三軍でも投げていたくらいなんで。それで今年、いきなり(一軍で)出たもんだから、みなさんの印象としてはそうなんじゃないかなって思います」
石橋はこれまで、ただ二軍でくすぶっていただけの選手ではなかった。昨年の途中まで、育成選手だったのだ。
2015年のドラフトで楽天から5位指名を受け入団。支配下選手として入団しながら、2年目の2017年シーズンオフに戦力外となり、育成選手として再契約した。この頃から石橋は、常に「クビ」を覚悟していたという。
「去年なんかは、正直、クビになるだろうと思っていました。支配下で入って、育成になって、また支配下に。でも、そこで活躍する選手っていないじゃないですか。育成になった時から、そういう悩みはありましたね」
たとえば、ケガによって一時的に育成選手となったのであれば、復帰後にチャンスは与えられるかもしれない。しかし、石橋のように実力を判断されて降格した選手は、常にクビと隣り合わせが現実だ。
そんな石橋が苦悩にさいなまれながらも上昇気流に乗れたのは、二軍でしがみつきながら”武器”を磨いてきたからだった。
2018年のシーズン途中から再び支配下となり、一軍登板こそ果たせなかったものの、二軍ではおもに先発として24試合に登板。わずか2勝ながら、83回2/3イニングを投げて防御率2.58と結果を残した。
この数字を実現させた武器こそ、のちに石橋の代名詞となるシュートだった。
この年の秋季キャンプ。石橋の気概が、平石洋介監督(当時)をはじめとする首脳陣の目に留まった。当時、投手コーチだった森山良二が感じた石橋の印象はこうだ。
「大学、社会人を経てプロに入ったのに、育成に落とされた苦労人だからね。『シュートで生きていく!』という覚悟がものすごく伝わったし、オレも監督も『あのボールは使える』という評価だった。石橋を一軍で使うことに迷いはなかった」
シュートが石橋の野球人生を変えようとしていたが、本人からすれば、その球種のみで勝負してきたわけではない。それでもシュートを自在に操ることができれば、ピッチングの幅が格段に広がる。
「自分のスタイルとして、コーナーワークで勝負しないといけないと思っているんで、シュートだけじゃなく、カットボールも磨いています。でも、シュートがあるのとないのとでは、バッターへの印象も変わってくる。とくに右バッターにはシュートを投げようと心がけていました」
右打者の懐をえぐるシュートは、手元が狂えば死球になる可能性があり、少しでも甘く入れば長打の危険もある。このシュートというのは、「度胸が求められる球種」と呼ばれている。
このボールを起点に活路を見いだす。それでダメなら仕方ない——不退転の決意がみなぎる。石橋がこの時のことを振り返る。
「今年は、いい意味でないものと思って。悔いのないような1年を過ごそう。1年間、一軍で投げ続けるために、なんとしてでも生き残ってやると思っていました」
今季の石橋について、ターニングポイントを挙げるとすれば、ロッテとの開幕カードだ。開幕戦で2点リードの6回に4番手として登板するも、得意のシュートを狙われ、ブランドン・レアードに逆転3ランを浴びた。だが、その2日後の開幕3戦目、3回途中から2番手としてマウンドに上がった石橋は、またしてもレアードと対戦し、次はきっちとシュートで仕留めた。
この試合でプロ初勝利を飾った石橋は、少しはにかみながらレアードとの勝負をこう振り返った。
「またチャンスをいただけたので、とにかくビビらないように、強気で投げました。レアードには開幕戦でシュートを打たれたのですが、今回もそのボールで勝負してやろうと」
ロング、ワンポイントをこなせる貴重な中継ぎとして定着したが、突然5月に、先発へ配置転換となった。右ひじの手術でリハビリ中の則本昂大、開幕戦で左足を負傷した岸孝之ら、先発陣が次々と離脱し、その代役として石橋に白羽の矢が立った。
突然の先発転向にもかかわらず、ローテーションを守り続けることができたのは、昨年の二軍での経験があったからだと、石橋は自認する。なにより大きかったのは、平石監督の檄(げき)だった。
「あんまり長いイニングを投げようと考えるな。1イニング、1イニングをしっかり投げていけばいいんだからな」
先輩である辛島航からは、気負わずに投げることの大切さを教わった。
「自分の結果がどうこうじゃなく、チームが勝てばいいんだから」
3年ぶりの一軍は、すべての人の言葉が糧となり、励みになった。
「中継ぎでも先発でも、『最低限、粘る』ことしか考えていませんでした。先発になってからは『ずっとゼロで抑えるなんて無理やし、できへん』って(笑)。チームがリードしていれば、失点しても追いつかれないように。そこだけでしたね、意識していたのは」
背水の陣で挑んだ2019年。石橋は周囲の予想をはるかに上回るパフォーマンスを見せ、チームの3位に大きく貢献した。4位・ロッテとのゲーム差が2だったことからも、石橋が挙げた8勝がいかに大きかったかがわかる。
先発の窮状を救い、クライマックス・シリーズ進出にも貢献するなど、楽天の救世主となった。それでも石橋は浮かれることなく、表情を引き締める。
「なんていうんですかね、自分をまだ評価できていないっていうか……1年間、一軍に居続けるという目標を立てて頑張ってきたので、それができたことはよかった」
石橋が言っていた「支配下で入って、育成になって、また支配下に。でも、そこで活躍する選手っていないじゃないですか」という不安を、自らの力で覆した。そして石橋は、こう力強く語る。
「来年も生き残る! それだけです」
この志こそ、石橋が活躍するための最大のエネルギーなのである。