神野プロジェクト  Road to 2020(39) 12月中旬、神野大地は千葉・富津で合宿を行なっていた。12月22日に中国で開催される第17回アジアマラソン選手権大会に日本代表として出場することになっており、最終調整をしていた。「ここま…

神野プロジェクト  Road to 2020(39)

 12月中旬、神野大地は千葉・富津で合宿を行なっていた。12月22日に中国で開催される第17回アジアマラソン選手権大会に日本代表として出場することになっており、最終調整をしていた。

「ここまではすごく順調ですね」

 そう話すように、神野の表情は明るかった。



初めて日本代表としてアジアマラソン選手権に出場する神野大地

 MGCのあとリスタートした神野は、11月に日体大記録会1万mで28分33秒72の好タイムを出し、つづく熊本で開催された甲佐10マイルでは前半からハイペースで飛ばし、46分18秒という実業団1年目に優勝した時よりも20秒早いタイムを出し、総合4位に入った。

 好調の理由について、神野はこう語る。

「MGC前に行なったケニア合宿が自分にとってすごくよくて、それを信じてMGCに臨んだのですが、いま考えるとその時の練習が生きて、自分のレベルが上がっているのかなと。あとは、これまでMGCに入れ込みすぎて、そのプレッシャーから解放された今、純粋に陸上に打ち込めるようになった。それが走りにも表れているのかなと」

 神野にとってMGCは、いわば人生をかけたレースだった。そうしたレースにプレッシャーを感じない選手はいないだろう。MGCは17位に終わったが、全力で取り組んだことで、あらためて大事なことに気づいたという。

「青学大時代、原(晋)監督に半歩先の目標を目指しなさいと言われ、それを守ってやってきました。その目標を達成した時、二歩も三歩も進んでいることが実感できたからです。でも、MGCは半歩先じゃなくて、二歩も三歩も先の目標で、結局、一歩も進んでいないことに気がついたんです。それはMGCをやってみないとわからないことだった。これからは以前のように地に足をつけて、半歩先の目標をクリアしていく。その先に世界陸上やオリンピックが見えてくるのかなと思っています」

 今回のアジアマラソン選手権は、その半歩先の目標を達成するためのものでもある。アジアマラソン選手権は文字どおりアジアの有力選手が集まる大会で、中国や中東などの力のある選手が参戦予定だ。2年前の前回大会の優勝タイムは2時間15分48秒と決してハイレベルではないが、簡単に優勝できるほど甘くはない。

 東京マラソンで2時間8分台を目指している神野にとっては、その試金石となるレースになる。なにより、日本代表として日の丸をつけている以上、結果が求められる。

「初めての日本代表ですが、今回は正直、ほかの選手はニューイヤー駅伝があるので、おこぼれみたいなところがあったと思います。それでもこの舞台に立てるのは、運もあったからですし、ある程度結果を残してきたからだと思っています。いまの僕の実力では、日の丸のユニフォームを着ることはそうないと思うので、このチャンスを無駄にしないように、しっかり結果を出したいですね」

 今回、神野は2019年東京マラソンで日本人4位という成績を評価され、日本代表に選出された。決しておこぼれではない。

過去、ベルリンマラソンをはじめ、福岡国際マラソン、東京マラソンなど、これまで6本のマラソンレースを経験している神野にとって、今回のレースはどういう位置づけになるのだろうか。

「自分に自信をつける、勝ちを知ることが、今回のレースの位置づけになります。今の僕は、マラソンランナーとしてやっていけるのかと思うことがあるんです。今まで、日本人トップも、優勝もないので……。ただ今回は、金メダルは目標ではなく、実際に届くと思っています。このレースに勝つことで、またひとつマラソンランナーとして成長できると思うんです。その先に、最大の目標である東京マラソンでの2時間8分台が見えてくる」

 準備は整いつつある。15キロのポイント練習では44分38秒のタイムを出し、余裕を持ってレース10日前の追い込み練習ができていた。

「これまで6回出たマラソンレースは、1キロを3分切るので精一杯でしたけど、今回はその3分に対して余裕があります」

 唯一、不安があるとすればMGC以降、長い距離の練習を4本しか入れてこなかったことだ。ゲストランナーとしてフルマラソンを走った以外では、30キロ走を1本と35キロ走を2本こなしただけだ。だが、「ジョグで長い距離をカバーできているかなって思います」と神野は語る。

「そういう練習でどんな結果がでるのか、すごく楽しみです」

 個人的な感想だが、今の神野を見ているとどっしりと落ち着いた印象を受ける。厳しい選考レースを戦い終え、プロランナーとしてどう進むべきか、迷いがなくなったからだろう。実際、神野は自分の立ち位置を冷静に把握している。

「僕のことを変わらず注目してくれる人はいると思うんですけど、大きい期待を持って見ている人は少ない気がするんです。僕に日本記録を望んでいる人はいないでしょうし、メディアも『神野が日本記録を破るから取材に行こう』という感じではないと思うんです。僕のプロとしての活動や取り組みを理解し、共感して、みんな応援してくれているのかなと。今回のレースはそういう人たちの期待に応えたいと思っているので、モチベーションは高いですよ」

 初めての日本代表、初めての中国でのレース。ただ、目標はひとつだ。

「タイムは何分でもいい。金メダルを獲りたい。今まではどうしても『山の神・神野大地』でしたけど、金メダルを獲れば『神野はマラソンをやっているんだ』って多くの人にわかってもらえると思うんです。プレッシャーというよりはチャンスだと思っているので、ここで決めたいですね」

金メダルに強い意欲を示す神野だが、それだけ今の走りに自信を持っているのだろう。

「自滅だけは気をつけたい」と言うが、その心配もなさそうだ。スローペースだろうが、ハイペースだろうが、今はどんなレースにも対応できるだけの足を備えている。

 金メダルを獲って、1月のケニア合宿を経て、東京マラソンへ——。

 いい流れをつくることができれば、2時間8分台という目標もより現実味を帯びてくるはずだ。