春、夏に行ってきたこの企画。今回は長距離部門を中心にインタビューし、今年1年の振り返りや今後に向けて意気込みを語っていただきました。その模様を3日間にわたってお届けします! 第1弾は競歩ブロック。川野選手(総3=御殿場南)は10月の全日本…

 春、夏に行ってきたこの企画。今回は長距離部門を中心にインタビューし、今年1年の振り返りや今後に向けて意気込みを語っていただきました。その模様を3日間にわたってお届けします!


 第1弾は競歩ブロック。川野選手(総3=御殿場南)は10月の全日本50km競歩高畠大会(以下、高畠競歩)で、日本新記録をたたき出して東京五輪50km競歩代表の座を射止めました。将来の目標について色紙に書いてもらうと、そこには"世界へ挑戦"の文字が。その激動の1年を振り返っていただきました。(取材日・11月30日、聞き手=長枝萌華)


ーー五輪内定のお祝いはしてもらいましたか。

そうですね、はい。いろんな方からしていただきました。終わった直後は連絡も多かったです。


ーー地元に報告する際に実家には帰られましたか。

高畠のレースが終わってから1週間後に2泊3日のお休みをいただきました。報告という感じで行きました。


ーーご家族からのお言葉は。

おめでとうというのと、東京五輪へ向けて家族みんなでサポートするから、応援するからと言っていただきました。


ーーご家族は毎回応援に来られると聞きました。

そうですね。50kmや20kmの大きい大会は家族みんなで来てくれます。


ーー50km競歩を目指そうと思ったきっかけは。

顧問の先生が元々50km競歩をやっていらっしゃいました。高校のときから長い距離の練習を週に1回ほどやっていてその週1回で30km、35kmを歩いたりしていて長い距離の練習が自分は得意だなと感じていました。他の選手よりも短い距離ではなく、長い距離で勝負したいと思ったのがきっかけです。


ーーどのような経緯で東洋大への進学を決めたのですか。

東京五輪を目指す、となってどこがいいか考えたときに、東洋大は2大会連続で五輪に出場していました。1番五輪に近い大学が東洋大だったというのと、東洋大は挨拶や生活面がしっかりしている大学で競技力だけではなく人間力も一緒に成長できるような、自分を高められるような大学が東洋大かなと思いました。


ーー酒井監督との出会いは。

東洋大に行きたいなというのは顧問の先生に言っていました。ちょうど高校のときに20kmのレースに出たときがあって。その時に声を掛けていただきました。


ーー東洋大生として五輪代表となった西塔選手(H25年度済卒=愛知製鋼)や、松永選手(H28年度工卒=富士通)はどんな存在ですか。

憧れじゃないですけど、自分が高校のときに大学生で五輪を目指して出場して活躍していて、自分が大学4年生のときにちょうど東京五輪があったので、自分も五輪に出場して活躍できるのではないかと思わせてくれる選手です。


ーー大学生になって成長できている部分は。

今までは学生主体で取り組んでいましたが、2年生の春からコーチと選手でコミュニケーションを取るようになって練習だったりフォームの面でも指導していただいているので、高校のときだったり前よりも洗練された動きができるようになっています。


ーー意識の面ではいかがですか。

高校のときは5000mや10kmと短い距離の種目しかないんですよ。大学に入って20kmや50kmをやるとなるとスタミナも入りますし、楽に歩ける動きを大事にしないと歩けないので。早い動きのなかでも力を脱力できるみたいな効率の良い歩きに取り組んできました。


ーー監督やコーチから言われて印象的な言葉は。

9月の合宿のときにうまく練習ができなくて。自分の取り組みも甘かったので、暑いときの練習で思うように練習できないときがあって、そのときに監督からすごく厳しい言葉を掛けていただいたんですけど、その後に監督が「一流を目指している選手だから、他の選手よりも掛ける言葉は厳しくなる。だから期待している、期待しているから掛ける言葉は厳しくなる」という言葉でそのときからなるほどな、と。頑張らないといけないなと思いました。


ーー褒めて伸びるタイプですか。

褒められるだけでは甘えてしまうので、ときには厳しい言葉も掛けていただかないと成長しないかなと思っています(笑)。


ーー川野選手にとってのライバルは。

やはり同級生の池田向希は今仲間としてやっていますけど、意識している選手です。五輪は20kmと50kmで目指しはするんですけれども、将来的には戦っていかないといけない選手なので意識しています。


ーー逆に、仲良しな選手は誰ですか。

池田がやっぱり…。2人部屋で今同部屋なんですけど、楽しくやってます。広くいろいろな面白いことを。池田が結構ボケたりするので、一緒にボケたりとか突っ込んだりしてます(笑)。


ーー自身が考える持ち味は。

試合だけではなく練習面でも最後まで諦めない、与えられたメニューだったり課題をひたむきに取り組んでいけるというのが持ち味なのかなと。


ーー理想としている歩きはありますか。

最初から最後まで自分の持ち味を生かした大きい歩きっていうのを、どうしても後半きつくなってしまったときとか崩れてしまうので、最後まで維持できる、最初から最後までずっと綺麗な動きができるのが理想です。


ーー東洋大第1号の東京五輪代表となりましたが。

東京五輪を決めはしたんですが、その思っている気持ちは大きく変えずに今できることをしっかり五輪へ向けて取り組んでいきたいなと思う気持ちですね。


ーー他の部活との交流はありますか。

野球部だったりラグビー部は同じ総合情報学部が多いので、その人たちとはよく話したり一緒に協力したりしています。


ーーこれから五輪へ向けて取り組んでいきたいことは。

取り組んでいきたいことは、今までやってきたことの延長線上というか今はコーチと一緒にやっていきたいなというのが1番大きくて。継続的にやっていければ大きなけがもなく、そうすれば自ずと結果も付いてくるかなと思っています。


ーー最後に意気込みの方をお願いします。

今回五輪という大きな舞台はなかなか経験できないと思っているので、チャレンジするつもりで最後まで諦めずに勝負していきたいなと思っています。


ーー川野選手、ありがとうございました!


 さらに、高畠競歩に応援に来ていた川野選手のご家族のみなさんにもインタビューをさせていただきました!(左から、川野将虎選手、弟の鷹綱さん、母の由加理さん、父の公明さん)



ーー父・公明さん

見ててハラハラする試合展開でした。最初10kmで突き放しにかかって、そのままいく作戦に出たんだなと思ったらそのまま丸尾選手に追い付かれて、おお、大丈夫かという思いでした。そのあとしっかり付いていってくれたんですね。ただここから丸尾選手(愛知製鋼)がどう仕掛けてくるのか、うちの子が仕掛けるのかってことでハラハラしながら、最後の8km地点でスパートをかけてくれて、こいついったなと思いました。(試合前は)試合前は集中してもらいたいので私の方は一切取らない。奥さんの方が心配でしょうがなかったみたいでメールでやり取りして「けがしてないか」とかそういうことですね。「大丈夫〜調子いいよ〜」。毎回それしか言わないんです。調子悪くても調子いいよ〜って結構気遣いなので。基本は試合には行くようにしています。(東京五輪決定について)本当に良かったです。ただただ良かったあって。本人の目標でもあったんですね。やっぱり東京で金メダルを取ることが目標だったのでそこのスタートラインに立てたっていうのが良かったです。(どんな言葉を掛けたいか)とりあえずおめでとうと。あとは五輪でしっかり金を狙っていけるパフォーマンスをやってほしいです。


ーー母・由加理さん

いつも2位で来ていたので優勝できて良かったです。メールで「みんなが祈ってるから大丈夫だよ」って言ったら「頑張る」って。(記録も新記録で五輪内定ですが)夢のよう。毎回大会には行っています。やっぱり将虎の高校ときからの目標が東京五輪出場だったので夢が叶って良かった。良かったねぇ、おめでとうって言いたいです。(東京五輪へ向けて)東京五輪で最後の50kmで、優勝を飾れるように祈っています。


ーーご家族のみなさん、ありがとうございました!


 来年に迫る東京五輪。日の丸を背負い、世界に挑む川野選手をスポトウ一同応援しています!



 続いて川野選手とともに競歩ブロックを引っ張る池田選手(済3=浜松日体、右)にもお話を聞きました。自身も20kmで五輪出場を目指すなかで、ライバルであり親友でもある川野選手の内定に刺激を受けているようでした。(取材日・11月30日、聞き手=稲村真織)


ーー今年1年の振り返りをお願いします。

世界選手権という大きな大会があってそれに向けて1年間取り組んできて、最終的に6位入賞することができたんですけど1番の目標である東京五輪の内定をそこでつかむことができなかったので、次への課題であったり反省点も多く出た1年だったなと思います。


ーー世界選手権に出場していかがでしたか。

初めての世界選手権ということでいい経験をまずさせていただいたなというのは感じました。暑いなかのレースでそういう準備の段階であったり現地での対応力とか、あとは自分のメンタル的な精神力やもちろん技術面ももっともっと上げていかなければ、世界でメダルは獲得できないんだなということを強く感じた大会でした。


ーー日本の気候とはやはり全然違ったのでしょうか。

ドーハの方が湿度が高くてジメジメする蒸し暑い暑さというのがあって東京の暑さとは違う、感じたことのない暑さでした。


ーー優勝した山西選手(愛知製鋼)を見て何を感じましたか。

もちろん悔しかったです。自分もメダルであったり優勝の金メダルを目標にしていて、それを同じライバルである日本人の山西さんが取られたというのは本当に悔しかったですし、リベンジしたいなという思いでした。


ーー今後の選考レースの出場予定は。

2月16日の日本選手権が神戸で行われるのでそこで優勝して内定を1発でつかみ取りたいなというのが、今の目標です。


ーー前回大会のリベンジにもなります。

今年の日本選手権では富士通の高橋英樹さんに1秒差で負けてしまい、そこで内定をつかむことができず悔しい思いをすごくしたので、最後の粘りももちろんですがしっかり他の選手に負けない強さであったり、そういうのに磨きをかけて今年こそはもっと粘り強い歩き、東洋大学らしい"怯まず前へ"という歩きができればなと思います。


ーー今年強化してきた点は。

コーチに練習の一つ一つを見ていただいて、指導を仰いでいろいろアドバイスをいただいたおかげで技術的な面は上がってきているなというのがあって世界選手権でも警告が1枚も出なかった、注意も1枚だけという面ではいいジャッジを受けたのでそこは1つ自信にして、次の国内レースでも自分の歩きに自信を持っていけるのかなと思います。また、今年1年はフィジカルの強化や食育にもしっかり力を入れて練習面だけではなくて、生活面もしっかり見直して取り組んできたかなと思うので、引き続きそこの方も手を抜かずやっていきたいと思います。


ーー酒井瑞穂コーチの就任がプラスになっていると。

的確なアドバイスをいただいているので自分では気付かないところも客観的に見て気付いてくださって、フォームも少しでもいいように改善するということができているのかなと思っています。


ーー川野選手が五輪代表内定となりましたが。

本当に川野が五輪を決めてくれたということが自分にとっても大きな刺激になりましたし、自分も次は自分の番だなという気持ちにいっそうなれて、本当にいいものを見させてもらったので次は自分が決めて2人で東京五輪に行って結果を残したいなと思っています。


ーー何か川野選手に掛けた言葉はありますか。

もちろんおめでとうということも言いましたし、思ってた以上の記録というかすごいということであったりあとは一緒に乗り越えてきてそうやって先に五輪を決めてくれて、自分にもいい刺激をくれてありがとうという気持ちを伝えました。


ーー代表の座をつかむと、東京五輪には現役生としての出場になります。

東洋大学としても今2大会連続で西塔拓己さんや松永大介さんと続いていて、今回川野が決めてくれたという意味でもちょっと安心ではないですけど、少しも変なプレッシャーとかはないですしもちろん自分も同じように続きたいという思いがありそれがいっそう強くなりましたし、東洋大学で4年間指導していただいたことに感謝するという意味でも、本当に1番大きな舞台で1番いい結果で恩返しができるというのは本当にいいチャンスだと思うので、頑張りたいと思います。


ーーOBと交流する機会はありますか。

合宿等で一緒になる機会も何度かあるんですけど、そうやってOBの方々が築き上げてくださったという部分で、今の東洋の競歩があると思うのでそういった意味では自分たちもその伝統をもっともっと良くしていきたいなと思っています。


ーー今の1番のライバルは。

日本選手権となると高橋さんが5連覇されていていつもそこに合わせてくるというか力を発揮するので、昨年も負けていますしライバルになるのかなと思いますし、また世界選手権で優勝されている山西さんであったり50kmで同じく世界選手権で優勝された鈴木雄介さん(富士通)であったりもちろん川野も身近なライバルなので、ライバルはまあ1人ではないかなと思います。


ーー今後の意気込みをお願いします。

東洋大学で陸上をやらせていただいて本当に1番の目標である東京五輪というのが、ちょうど4年生であるというのも何か1つの奇跡的な巡り合わせなのかなという意味でも、しっかり出場して結果を出してここでいろいろなノウハウを教えていただいたということにしっかり感謝を、結果で恩返ししたいなというのは思うので、まずは日本選手権の神戸に向けて一日一日を大切に練習に励み、そこで1発で内定をつかみ取れるように今は努力していきたいと思います。


ーー池田選手、ありがとうございました!



 最後に、昨年から競歩ブロックのコーチを務める酒井瑞穂コーチ(左)にお話をうかがいました。瑞穂コーチは長距離部門全体を率いる酒井監督の妻であり、競歩の競技経験も豊富。寮で選手を見守りつつ専門的な目で指導する機会が増えたことで、今年1年の競歩ブロックは飛躍的に成長しました。(取材日・11月30日、聞き手=稲村真織)


ーー今年1年の振り返りをお願いします。

池田と川野にかんしては池田は昨年世界チーム競歩で優勝して、世界ランキング1位を経験して世界トップを経験した上で今年に入りましたけど、きちんと世界選手権の切符を取って世界選手権でも6番に入れたので、本人の努力による成果だと思っています。川野にかんしても昨年50kmを始めて学生新、その後にけがはあったんですがしっかり選考レースにチャレンジできるようになって、復活して輪島で鈴木雄介選手に次ぐ日本記録の更新につながりました。高畠では結果を出そうということで高畠を最大の目標にして今年はやってきて、本人がすごくフォームも充実して修正もできてきたので、今までは失格があったり注意が何枚か出たりしたんですが、今回は注意も出ずに警告も出ずにしっかり歩き切って日本記録を2分以上更新したのと、東京五輪内定を決めたので、すごく充実した1年だったと思います。


ーー競歩ブロックとして、3大会連続現役生の五輪出場となりましたが。

手応えというか目の前のことで毎日精一杯でやってきて育児の方と長距離の方も気にかけながらの競歩のコーチだったんですけど、本当に目の前のことに一生懸命力を注いできました。監督が西塔拓己と松永大介をしっかり育ててオリンピックや世界選手権で結果を出したので、私もしっかりそれを引き継いで任されたからにはしっかり結果を残そうと思ってやってきました。手応えというのはまだこれから先に未来があるのでこれから先につながるかなという感じですかね。


ーー昨年からコーチとして指導をされてみていかがですか。

難しさは特になかったですね。やはり歴代の長距離の選手たちをずっと見てきたので、すごい参考になったこともあるし頭にあったので、やっぱり時代は変わっても東洋のDNAは一緒だなって思いながら育てていましたね。


ーー指導するきっかけは何かありましたか。

東京五輪を前にして監督の方も長距離で五輪代表を育てたいという思いがあってそちらにも集中しなければいけない、ですが才能ある池田と川野の2人はこれから芽が出そうな存在でもあるので、なんとか才能を伸ばしてあげたいという思いが監督の方にあって、1年生の後半ちょうど今ぐらいの12月にフォームが崩れてしまって、このままでは世界選手権の選考レースがその後に控えていたりだとかするなかで、あまりいい結果に結び付かないのではないかと監督も危惧して私に相談をしてきました。私も動画を見ながらチェックをするようになって、本人たちとはもともと寮の中で生活面のこととか普段のことで会話もしていたし、コミュニケーションを取っていたのでスムーズに入れたとは思います。任されたので一生懸命才能を伸ばせるようにサポートするのが役目かなと思ってやってきました。


ーーコーチが就任されてからの競歩ブロックの成績向上については。

競歩経験をしていたので専門的な目でフォームの分析ができるようになったというのは、選手の子たちに安心感を与えたのかなと。安心してレースに集中できるというところが、結果が生まれるようになったのかなというところがあります。レース展開に集中できるのでフォームを気にしていたら思い切ったレースもできないし、レースプランも限られてしまうのでそういった部分ではレースプランにバリエーションができたのと、あとライバルの実業団選手の思いもすごく私もわかるので、その先輩たちにしっかりこの2人が学生のうちに付いていこうという高い意識をコーチも選手も一緒に持てたことが、伸びる要素だったかなと思います。


ーー瑞穂コーチ、ありがとうございました!



 3大会連続現役生が五輪代表となった競歩ブロック。"競歩王国"の伝統とスピリッツは脈々と受け継がれています。今後の競歩ブロックのさらなる活躍から目が離せません!



◆冬の3連続インタビュー・一覧

第1弾:競歩ブロック

第2弾:長距離部門(前半)

第3弾:長距離部門(後半)