今から3週間ほど前のことだった。 オランダ全国紙の記者が「今週は『ジャパニーズ・ウイーク』だな」と声をかけてきた。中村敬斗(トゥウェンテ)はアヤックス相手にカーブのかかった美しいミドルシュートでネットを揺らし、菅原由勢(AZ)はVVVフェ…
今から3週間ほど前のことだった。
オランダ全国紙の記者が「今週は『ジャパニーズ・ウイーク』だな」と声をかけてきた。中村敬斗(トゥウェンテ)はアヤックス相手にカーブのかかった美しいミドルシュートでネットを揺らし、菅原由勢(AZ)はVVVフェンロ相手に値千金の決勝ゴールを決めていた。
板倉滉は今季開幕から全試合フル出場していたのだが......
私は「中村と菅原がいいゴールを決めたよね」と答えた。すると、彼はニヤリと笑って「板倉滉(フローニンゲン)のスライディングタックルもすばらしかった」と付け加えた。
濃霧のなかで行なわれたフォルトゥナ・シッタルト戦(11月30日)。試合には敗れてしまったものの、2度ほど相手ボールを奪った板倉の正確なスライディングタックルは、その記者にとってゴールと同等の価値のあるものだったという。
今季の板倉はすでに4枚のイエローカードをもらっており、出場停止処分にリーチがかかっている。しかも開幕から4試合で、実に3枚も警告を受けていた。
今季4枚目のイエローカードを受けたのは、10月4日のRKCワールワイク戦(3−0でフローニンゲンの勝利)だった。2−0でリードしていた71分、板倉が中盤に上がってボールホルダーに対して激しくアプローチし、最後に背後からスライディングタックルしたところ、相手の足を刈るような形になってしまった。
「イエローもらったのはいいことではないし、反省しないといけない点だと自分でも思っています。しかし、ああいう勝負どころの意識は、オランダに来て変わったところ。日本だったら絶対にあそこでスライディングしないと思う。
球際や1対1のところで負けたくないという思いから、ああいうプレーをしてしまった。よくはないんですが、その気持ちは悪くないと思う。行くところ・行かないところを、これから修正しないといけないと思っています」
その反省はしっかり生かされ、あれほどイエローカードの多かった板倉は、ここ8試合まったく警告を受けてない。オランダ人記者が感嘆したフォルトゥナ戦のスライディングタックルは、その最中に披露したものだった。先週のユトレヒト戦(0−1でフローニンゲンが敗北)でテレビの中継アナウンサーは、「板倉は今季の驚きです」と実況していた。
ところが今節、12月14日のADOデン・ハーグ戦で、板倉はベンチスタートになってしまった。
全国紙のひとつ『アルヘメーン・ダッハブラット』は、板倉とメミセビッチがセンターバックのコンビを組むと予想。これまで板倉と中央の守備を固めてきたミケ・テ・ウィーリクは右SBに回ると見られていた。
板倉はこれまでオランダリーグで16試合、KNVBカップで1試合、ずっと先発フル出場を果たしている。しかも、フローニンゲンの失点数は、AZ、アヤックスに次いで少ない。チームへの貢献度の高かった板倉にとって、スタメン落ちは不可解なものであった。
実は、ユトレヒト戦後のオフ明けの最初の練習から、板倉はレギュラー組から外れてしまっていた。納得のいかない板倉は「なぜですか?」と、デニー・バイス監督に聞きに行ったという。
「別に調子が悪いから外したわけではない」。バイス監督の返答は、板倉にとって納得できないものだった。だが、ともかく頭を切り替えて練習にフォーカスした。
こうしてベンチスタートで始まったデン・ハーグ戦は、1−1で迎えた前半終了間際、右SBのデヨファイシオ・ゼーファイクがレッドカードで退場してしまった。板倉はすぐさまベンチを飛び出し、アップを開始した。しかし、後半開始のキックオフが鳴ってもバイス監督は動かず、MFアゾル・マツシワが右サイドと中盤の底をスライドしながら巧みに守った。
81分、バイス監督が判定に対して烈火の如く怒りを表わして抗議すると、レッドカードを受けて退席となってしまった。タッチライン際でアップをしていた板倉は、引き上げていくバイス監督を遠くに見ながら「俺、どうなるの?」という表情をしていた。
「監督から『行く準備をしろ』と言われて2回ぐらいアップしていたんですけど、監督が退場してしまったので、『交代を切れなくなったりするのかなあ』って(思っていた)」
監督代行のアドリー・ポルダーファールト・コーチが板倉を呼んだのは、ようやく90分になってから。アディショナルタイムも含めて、およそ4分間のプレーに終わった。
「自分を高めていきたいというなか、ベンチに下げられた。悔しいというより、今は『なにくそ』という気持ちが強いですね。やっぱり(自身のパフォーマンスが)よくても、こうやって外されることがあるんだなと感じています」
しかし、デン・ハーグ戦でゼーファイクが退場したことにより、次節のエメン戦ではテ・ウィーリクが右サイドに回り、板倉とサミール・メミセビッチがCBコンビを組むことになる。前節のユトレヒト戦で板倉とメミセビッチは、一緒に守備の中央を固めて息の合ったプレーを見せていた。
板倉がオランダに来てから、もうすぐ1年が経つ。最初の半シーズンは、まったく出場機会がなかった。3週間前のRKC戦後、板倉は不遇の半年間をこう振り返っていた。
「半年間、試合に出られなかったとしても、練習はとにかく必死にやっていました。自分が出ないとわかっていた分、試合前日にも筋トレができた。今、自信を持って言えるのは、それは無駄にはなってない。もちろん、試合に出たいという気持ちが強かった半年でもあった。このままでは終わりたくないと思った半年でもあった」
だからこそ、板倉はデン・ハーグ戦の先発落ちに悔しさをにじませつつも、「自分がやるべきことにフォーカスするだけ」と気持ちを切り替えている。
「『試合に出られてない時にしっかりやる』ということが自分にとって大事。その成果がこうやって開幕から出ていることにつながっているので、とにかくやり続ける。
来年はオリンピックもあるし、日本代表の試合もある。『どうやって自分が成り上がっていくか』しか考えてないので、一日一日を無駄にせず、大切にやっていきたい」
バイス監督に「100%、滉を一番手に使いたい」と言わせてみせる——。その思いを胸に、板倉はスタジアムを去っていった。