サウサンプトンのDF吉田麻也を裏で支える日本人トレーナーがいる。 彼の名は木谷将志(きたに・まさし)。2013年から吉田の個人トレーナーを務め、日本と英国を往復する生活を送ってきた。そして今年4月、日本を離れて英国への移住を決意。名古…
サウサンプトンのDF吉田麻也を裏で支える日本人トレーナーがいる。
彼の名は木谷将志(きたに・まさし)。2013年から吉田の個人トレーナーを務め、日本と英国を往復する生活を送ってきた。そして今年4月、日本を離れて英国への移住を決意。名古屋市内にある自身のクリニックを後輩に託し、吉田が万全のコンディションでプレーできるよう、英国でサポートしているのだ。
吉田麻也の個人トレーナーを務める木谷将志氏(右)
「トレーナーにはいろいろな仕事がある。まず、ケガに対応する。そして、ケガをしないような対応をする。さらに、コンディションやパフォーマンスを上げるというところにつながる施術をしています」と、木谷は自身の仕事について説明する。
トレーナーにとって、試合前後のメンテナンスは欠かせない。吉田の場合、試合に出場したら帰宅時間が何時になろうとも、必ず施術を行なう。
「英国北部のニューカッスルで試合をし、英国南部のサウサンプトンに午前0時に帰宅したとしても、そこから施術を行ないます。次の日のリカバリーが全然違いますから」(木谷)。いつでもすぐ駆けつけられるよう、英国での住居は吉田の自宅から5分の距離に構えた。
吉田も、個人トレーナーが常に側にいる有り難さを語る。
「個人トレーナーさんが(イギリスに)来てくれた。今までは定期的に日本から来てくれていたんだけど、今はイギリスにいるので。それはデカいです」
プレミア在籍8季目の吉田は、今年8月で31歳の誕生日を迎えた。身を置くのは、接触プレーも当たりも激しいプレミアリーグ。しかも吉田の場合は、代表戦のたびに日本やアジアへの長距離移動を強いられる。日々のメンテナンスが極めて大事な年齢になったが、木谷の施術のおかげで、「身体は今が一番いい」と胸を張る。
試合の前々日に身体をほぐし、試合後にはすぐリカバリーの施術を行なう。もちろん、代表戦から長距離移動で英国に戻ってきた時もケアは怠らない。
「その日、その時によって、状態は全然違う。ここが気になる、どこが張っているかとか、日々変わるので。そこをケアします」(木谷)。吉田の身体と常に向き合いながら、きめ細かいサポートを行なっているのだ。
しかも、木谷が施術を担当しているのは、吉田だけではない。2013年から日本と英国を行き来する生活を送るようになり、サウサンプトンの選手たちの間で高度な技術が評判になった。
今では、オリオル・ロメウ、ピエール・エミル・ホイビュルク、ジェームズ・ウォードプラウズ、ヤン・ベドナレク、セドリク・ソアレス、ヤニク・ベステルゴーア、スチュワート・アームストロングと、サウサンプトンの7選手と個人契約を結び、ひとりにつき最低月8回のペースで施術を施している。日本人選手をのぞくプレミアリーグ在籍選手と契約を交わしたのは、日本人トレーナーでは初めてのことだ。
しかし、最初はサウサンプトンの選手たちにすんなり受け入れられたわけではなかった。理由は、木谷が行なう特殊な施術にある。手も使うが、基本的には「足で踏む施術」を行なうからだ。木谷は経緯を明かす。
「足で治療をするので、麻也が『すごくいい施術を行なうから、日本から呼んでもらっている』と説明しても、最初は誰も信じてくれなかった。ケガをしている選手も興味を持つが、麻也が『足で踏む』と説明すると、『なんじゃそりゃ?』となるんです」
だが、当時チームメイトだった元ポルトガル代表のジョゼ・フォンテ(現リール)が木谷の施術を受けると、その効果は抜群だった。「(実際に施術を受けた)選手にはバカ受けしますから」と吉田。それまで敬遠していたチームメイトたちも、すぐにクライアントになった。
では、足で施術を行なうメリットはどこにあるのか。
「ハッキリとした名称はないですが、私が柔道整復師の免許を持っているので、『柔道セラピー』とこっちでは呼んでいます」(木谷)。その施術の特長について、次のように説明する。
「手との違いは、圧力の違いだったり、手では届かないところまでアプローチできるところ。さらに、手では出せない独特のリズムがあります。この手では出せないリズムと圧力が一番の違いです」
足を使うと、手に比べて3~4倍も圧力の違いを生み出せる。さらに、木谷の場合は症状が出ているところだけでなく、身体全体にアプローチを仕掛ける。「選手は最初びっくりしますが、終わったあとにすごくよかったと喜んでくれる」(木谷)と言う。
木谷はこれまで、数々のプロスポーツ選手の身体を見てきた。日本にいる時は、力士やプロ野球選手の施術も行なった。欧州各国に散らばる日本人サッカー選手も数多くケアしている。
そのなかで「彼の身体は最強でした」と断言するのが、DFフィルジル・ファン・ダイク(現リバプール)だ。2015-2017年までサウサンプトンに在籍し、現在はリバプールでバロンドール候補にも選ばれたオランダ代表DFを施術し、「僕が触らせてもらった各業界のスポーツ選手のなかで最強です。(記者:力士よりも?)そうです。ファン・ダイクは全然レベルが違います」と、思わず目を丸くしたという。
そんな充実した日々を送りながらも、木谷はもう一歩前に進もうとしている。吉田を含めてプレミア所属8選手をケアしながら、今年11月にロンドン市内にある日系クリニック「ナチュラル・クリニック」の経営権を取得した。その裏には大きな野望がある。
「クリニックでは英国でも人材を募集しますが、ワーキングホリデーなどを通して、海外で新たに挑戦したい人まで枠を広げたい。トップアスリートを施術しているトレーナーが海外にいて、そこで勉強もできるし、英語も学べる。そういう場所があることを知ってもらいたい。ヨーロッパの人にはできない施術が日本人にはできる。日本人トレーナーが持つ繊細さは、こっちの人に絶対勝てるので。
将来的には、選手のクライアントを増やしていく方向で考えています。ヨーロッパ中にクライアントがいればいいなと。今後は『僕があの選手の施術に行なって、ナチュラル・クリニックのスタッフが違う選手のケアに行く』という流れができれば。そうなれば、日本サッカー界のためにもなる」
もちろん、吉田への思いも強い。2013年、股関節痛に悩まされていた吉田を見るようになってから、約6年半の付き合いになる。当時、何をやっても改善しなかった股関節痛が、木谷の施術を機に大きく改善した。木谷は力を込める。
「(英国に渡ったのは)誰もやっていないことへの挑戦に魅力を感じた。(個人トレーナーとして働くのが)麻也だったから、というのもあります。他の選手だったらこういう大きな決断はできなかったかもしれない。彼の人間性もあり、『この選手がプレミアリーグで全うできるように、1試合でも多く試合に出られるように』と。今の年齢から、僕みたいな人間が本当に必要になる。誰も今後破れない記録を一緒に作っていけたら」
吉田は、プレミアリーグ在籍8シーズンでプレミアリーグ154試合に出場。在籍年数も、試合出場数も、日本人プレーヤーとして前人未到の記録を更新中だ。
木谷は日本人トレーナーとして自身の夢を追いかけながら、吉田と二人三脚で歩んでいく。