2017年のプレシーズン、仲川輝人はタイの地で飛躍の1年を思い描いていた。 2015年、専修大から横浜F・マリノスに加入した小さなストライカーは、プロでの2年間でさしたる実績を残せないまま、もがき苦しんでいた。大学時代に負ったケガの影響も…

 2017年のプレシーズン、仲川輝人はタイの地で飛躍の1年を思い描いていた。

 2015年、専修大から横浜F・マリノスに加入した小さなストライカーは、プロでの2年間でさしたる実績を残せないまま、もがき苦しんでいた。大学時代に負ったケガの影響もあり、1年目はリーグ戦に2試合に出場したのみ。2年目も出番は限られ、9月にJ2のFC町田ゼルビアに期限付き移籍することになる。



15年ぶりにJ1リーグを制した横浜F・マリノス

 町田からレンタルバックして迎えた3年目、今季こその想いを胸に新たなシーズンに臨んでいた。タイで行なわれたプレシーズンマッチでは、見事にゴールを決めている。

「今季の目標は、試合に必ず絡むということと、チームのために最善を尽くすこと。勝利のために走り続けたいと思います」

 しかし、その想いとは裏腹に、この年も出番を得られないまま、J2のアビスパ福岡にレンタル移籍することとなった。

 大卒選手として、焦りの想いはあったはずだ。そんな仲川の運命を変えたのが、アンジェ・ポステコグルー監督との出会いだろう。

 2018年に就任したオーストラリア国籍の指揮官は、徹底的なポゼッションと極端なハイラインによる攻撃スタイルを標榜。このサッカーこそが、仲川の才能を開花させることになったのだ。

 ウイングに配置された仲川は、サイドいっぱいに開いてボールを受け、迷いなく縦に仕掛ける。あるいは、中のエリアを活用するサイドバックと連係して敵陣を切り崩していく。

 一方で、スペースに飛び出してカットインからフィニッシュを見舞い、逆サイドからのクロスをエリア内で合わせてゴールを陥れる。スピードと突破力、そして決定力。本来備えていた攻撃スキルを、十分に発揮できるようになったのだ。

 昨季途中よりレギュラーの座を掴んだ仲川は、今季は33試合に出場して15ゴールをマーク。同僚のマルコス・ジュニオールとともに得点王に輝くとともに、チームトップの9アシストを記録。15年ぶりの優勝を飾った横浜FMにおいて、最高の輝きを放った選手のひとりであることは言うまでもないだろう。

「これまでの苦しかった時期を思い出した。マリノスのために恩返しがしたいという想いのなかで、それを実現できてよかった」

 FC東京との”優勝決定戦”をモノにしてリーグ制覇を成し遂げた仲川の胸中には、喜び以上に、ようやく貢献できたという安堵の想いが広がっているようだった。

 右サイドの仲川、中央のマルコス・ジュニオール、左のマテウス(遠藤渓太)、そして頂点のエリキ(エジガル・ジュニオ)。この前線カルテットが奏でる攻撃力こそが、横浜FMの優勝の最大の要因である。奪った得点はリーグ最多の68。1試合平均2得点のハイアベレージでゴールを重ねた。

 ハイラインによるポゼッションスタイルは、リスクと表裏一体だ。ボールを失えば一気に致命傷を負いかねない。昨季はその精度が足りずに残留争いを強いられたが、スタイルの質を高めた今季は開幕から上位争いを演じ、夏場以降にギアを一段階高め、終盤は最終節まで7連勝で頂点へと駆け上がった。

 今夏に加入したエリキとマテウスの存在も大きかったが、シーズンを通してブレなかったのは、”走り切る”意識だろう。ボールを奪えば、前線の4人が躊躇なく前へと飛び出していく。逆に奪われた瞬間はすぐさま踵(きびす)を返し、相手よりも素早く帰陣する。

 スペースを与えないトランジションの速さこそが、今季の横浜FMの強さの秘訣だったように思う。そして、そのプレーを誰よりも体現していたのは、仲川だった。FC東京戦では得点に絡めなかったものの、背後のスペースに出されたボールにいち早く反応し、何度も相手の攻撃を食い止めていたのが象徴的だった。

 テクニカルでありながら、高いインテンシティを実現する。それは仲川だけでなく、チーム全体で共有していた意識だろう。今季の横浜FMは、走行距離とスプリント回数がともにリーグトップを記録した。異質なスタイルの根底には、「走力」というベースがしっかりと備わっていたのである。

 それにしても、なぜ横浜FMの選手たちは、ためらうことなく走ることができるのだろうか。走ったところでボールが出てこず徒労に終わる可能性はあるし、ボールを失えば長い距離を走って守備に戻らなければいけない。リスク管理を考慮すれば、判断に迷いが生まれてもおかしくはないはずだ。

 最終節のFC東京戦で、途中出場からチーム3点目となるダメ押しゴールを決めた遠藤は、その理由を次のように説明する。

「それは去年から今年にかけて植えつけられてきたもの。信じているというか、この選手だったら絶対に出してくれる、ここまで突破してくれるという期待感がある。それができなかったら、そのぶん戻ればいいだけ。ハードワークをしない選手はウチにはいない。そういう信頼感があるから、走れるんだと思います」

 思えば、6月に行なわれたFC東京戦。横浜FMは押し込みながらも、2−4と完敗を喫している。FC東京のしたたかな試合運びの前に敗れた格好となったが、ポステコグルー監督は確信に満ちた表情でこう語っていた。

「まだまだ発展途上だし、学ばなければいけないことはある。今日のようなカウンターで来るチームに対して、どう戦うのか。この教訓をどう生かすかだと思う。しかし、自分のやろうとしているサッカーがここで止まることはない。突き進んでやっていくだけだ」

 それから5カ月後、両者の立場は入れ替わった。選手は味方を信じてピッチを走り続けた。指揮官のスタイルを信じてプレーし続けた。揺るがない信頼と信念が生んだ15年ぶりの戴冠だった。