〜第22回目〜
岩本憧子(いわもと・あこ)さん/26歳
スキー選手→スポーツキャスター志望

取材・文/斎藤寿子

※スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート戦略における{アスリートと企業等とのマッチング支援}」の取材にご協力いただきました。

今年3月の全日本選手権で、16年間の現役生活に終止符を打った元モーグル日本代表の岩本憧子さん。目標としていた五輪の舞台に上がることはできなかったが、最後は笑顔で終えることができた。彼女はどのようにして、引退の時を決意したのだろうか。

2018年10月、SNSで現役を引退することを表明した岩本さん。周囲からすれば“突然”だったかもしれない。25歳という年齢を考えれば、次の2022年北京五輪を目指すことも十分に考えられた。しかし『人生で最も苦しかった』という時期を乗り越え、悩み、考え抜いた末に出した結論だった。

スキーが趣味だった両親の影響で、物心ついた時からスキーの板を履いていた岩本さん。モーグルを始めたのは小学5年生。高校2年生の時には、全日本選手権デュアルモーグルで優勝に輝いた。中京大学に入学後、2012-13シーズンからワールドカップを転戦。2013年には、初めてナショナルチームの仲間入りを果たした。

しかし、2014年ソチ五輪の出場権がかかった最後のワールドカップで成績を残すことができず、競り合っていた同年代のライバルに切符を譲った。

“次こそは、絶対に自分が行く”

そう誓い、2018年平昌五輪出場に向けて、4年間という月日をすべて競技に注ぎ込んだ。

大学卒業後、社会人となってからは、より一層力を入れて環境やトレーニングの内容など、さまざまな挑戦をしていった。ナショナルチームのコーチからも“いい滑りになってきている”という言葉をもらい、手応えを感じていた。しかし、大会では力を発揮することができず、2016年にナショナルチームから外れてしまった。

平昌に行くためには、前年の2017年春の段階でナショナルチームに入っていることが前提条件。そのため平昌への最後に残された道は、2017年3月の全日本選手権で優勝し、ナショナルチームに復帰すること。そうしなければ、平昌への切符をかけた戦いに挑戦することさえもできなかった。

2017年3月25日、全日本選手権が開幕。デュアルとシングルの2種目での優勝を目指し、会場に乗り込んだ。

初日はデュアルモーグル。1レース目、ゴールした瞬間、岩本さんは勝利を確信した。相手よりも早くゴールし、スピードも上回っていた。内容も決して悪くはなかったため、総合点でも相手より上だと考えていた。

ところが、結果はまったく予想していないものだった。スピードとエアーの採点では上回ったものの、全得点の6割を占める大事なターンの採点が相手を下回っていた。その結果、わずか1点差で初戦敗退。その瞬間、平昌への道が閉ざされた。 一度は勝利を確信していただけに、岩本さんはその場で気持ちを整理することができず、2日目のシングルにも出場したが、結果は6位と表彰台に上がることはできなかった。大会後、気持ちがふさぎ込み、人に会うことが嫌で外出することもほとんどなく部屋にこもる時間が多くなっていた。話し相手といえば、同居していた妹のみ。それが唯一の心の支えだった。

そんな岩本さんの気持ちを前向きにしてくれたのは、やはりモーグルだった。2018年2月9日、平昌五輪が開幕。はじめはあまり見たくないと思っていたが、実際はテレビで仲間たちの勇姿を目にするたびに、いつの間にか五輪に夢中になっていた。

「男子モーグル決勝で原大智さんが銅メダルを取った時は、もう本当に嬉しくて興奮してしまいました。一緒に頑張ってきた選手たちが活躍している姿を見て『あぁ、やっぱりいいな。五輪って特別な舞台だな』と感じられました。そしたら、そんな素晴らしい舞台を一緒に目指していた自分が、こんなんではダメだなと思い始めてきたんです」

平昌五輪をきっかけに少しずつ普段の生活を取り戻し、トレーニングや雪山に行って滑るようになり、モーグルへの気持ちも再び膨らんでいった。だが、中途半端な状態であることに変わりはない。平昌五輪の1カ月後に行われた全日本選手権では、まったく結果を残すことができず、この先のことを真剣に考えなければいけない時期に来ていることを“実感”する。

「五輪という世界最高の舞台を考える前に、まずは今の自分をきちんと見つめて”どうすべきか”を考えなくてはいけない」

しかし、ゴールをどこに置くかは、その時点では決めることができなかった。まず優先したのは“このままで終わるわけにはいかない”ということ。とにかく1年間、しっかりとトレーニングをして、シーズンを戦うことを決めた。(前編終わり)

(プロフィール)
岩本憧子(いわもと・あこ)
1993年2月生まれ、大阪府出身。中京大学卒業。高校2年生の時に出場した全日本選手権デュアルモーグルで優勝。大学1年生の時にナショナルチームに初選出。2013年、ワールドカップ猪苗代大会で9位入賞。16年ワールドカップ秋田・たざわ湖大会14位などの成績を残し、2019年3月の全日本選手権で引退。

※データは2019年12月5日時点