彼は観察者であり、得た情報を分析するアナリストであり、そして何より、導き出した策を自ら実践するアスリートである--。「けっこう、ほかの人の試合や動画は見るほうだと思います。最近はとくに、時間さえあれば見ています」 本人もそう認める研究熱と…

 彼は観察者であり、得た情報を分析するアナリストであり、そして何より、導き出した策を自ら実践するアスリートである--。

「けっこう、ほかの人の試合や動画は見るほうだと思います。最近はとくに、時間さえあれば見ています」

 本人もそう認める研究熱と分析力こそが、170cmの小柄な身体で世界と戦う彼の武器だ。



シンシナティ・マスターズでは錦織圭も破った西岡良仁

 さらには、いかに劣勢になろうともボールに食らいつき、頭をフル回転させながら逆転への策をはじき出す不屈の勢は、自ずと見る者の心を打つ。今や西岡良仁の名は、海外のテニスファンの間でも浸透し、彼の試合を見たいと会場に足を運ぶ者もいるほどだ。

 昨年の年間最終ランキングは75位で、現在のそれは73位。数字だけを見れば横ばいの1年だが、その内訳を仔細に見れば、進化の足跡が浮かび上がる。

 たとえば今季の西岡は、下部大会には一切出ず、ATPツアーのみに参戦してシーズンを終えた。3月のインディアンウェルズ・マスターズでは、22位のロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)らを破ってベスト16へと進出。全仏オープンの2回戦では、198cmのフアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)を向こうにまわし、4時間に迫るフルセットの死闘を演じた。

 7月のシティ・オープンでは18位のダビド・ゴファン(ベルギー)に競り勝ち、8月のシンシナティ・マスターズでは、5位の錦織圭を含む4人のトップ50の選手を撃破し、ベスト8へと躍進。戦いの舞台を上げてなお維持したランキングは、その内に確実な成長の轍(わだち)を刻んでいる。

 今季の西岡のプレーには、誰の目にも明らかな変化があった。それは、フォアハンドの攻撃力と、ネットプレーの向上である。

 フォアハンドの強化は、ここ数年の徹底したフィジカルトレーニングの賜物だろう。ただ、それ以上に大きいのは、上位選手との戦いを重ねた経験のなかから、本人が身をもって確信した勝負の世界の道理だ。

「イチかバチかではないけれど、ワンチャンスを取りにいく姿勢が大事なんだなと思っていて。トップの選手は何回もチャンスをくれないので、少しの小さなチャンスで攻めて自分でもぎ取っていくのが、上に勝つ要因なのかなと思っていた」

 これは西岡が、シンシナティで錦織を破ったあとに残した言葉である。そしてこれら「上に勝つための姿勢」を、彼は躍進著しい若手たちの試合を見るなかで、ことさら感じていたのだという。

「インディアンウェルズの時に、若い選手たちを見て、こうしないと勝てないんだなっていうのを感じたんです。今、若い選手が20~30位くらいにもたくさんいますが、彼らの強みは、大事なところ、もしくは重要な試合でしっかり攻められること。僕は守って粘って相手を崩すのが強みだけれど、さらに攻めることができれば、一段階上がれるんじゃないかと思ったので」

 躍進する若き力に鋭い視線を向け、その共通項を見抜き、自らの成長の糧とする。ここでも彼は、観察者であり、アナリストであり、類(たぐい)まれな実践者だった。

 これら、チャンスを掴みにいく攻撃的な姿勢に加え、今季の西岡に見られる成長が、サービスゲームの向上だ。170cmの小柄な身体がサーブに不利なのは否めない。だが、彼は相手との駆け引きを重視した頭脳戦へと持ち込むことで、キープ率を上げていく。

「僕は、サービスエースはあまり取れないので、どうやったらキープできるかをけっこう考えています。打ち方やタイミングも変えるし、トスの位置やコース、球種、回転量など、すべて目的をもって変えています。サービスゲームは、ゲーム感覚でやっている。布石をずっと打って、最後だけ変えたり、逆をついたり……ということもやります」

 そう考えるようになった頃からサービスゲームがよくなったと、西岡はうれしそうに明かしていた。

 今季最後の公式戦となった11月末のデビスカップ(国別対抗戦)は、そのように観察し、勝つための道を模索してきた西岡の集大成とも言える大会だった。

 錦織の欠場により日本のエースを務めた西岡は、対フランス戦で世界10位のガエル・モンフィスと対戦。そのエース対決で、彼はモンフィスを完全に術中にハメた。

 コート狭しと走って相手の強打を拾いまくると、機を見てフォアの強打を打ち込み、幾度もネットへ詰めては柔らかなボレーを沈めた。サービスゲームでも、時速130キロ台のファーストサーブを打ったかと思えば、次には204キロのそれを豪快に叩き込む。フィジカルで勝るモンフィスは力でねじ伏せようとムキになるが、肩に力が入るほどに球筋はフェンスに届きそうなほどに乱れた。

 混乱するモンフィスを尻目に集中力を高める小柄なファイターは、最後はサービスウイナーで”西岡劇場”の掉尾を飾る。終わってみれば、硬さのあった最初のゲームを落とした以外は、一度もブレークポイントすら許さなかった。

 その翌日、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)に敗れた西岡は、「全然歯が立たなくて、やはり自分との差を痛感した」と、どこかすっきりした顔で振り返る。

「自分のどこが強くて、どこが足りないか。ジョコビッチ選手のような世界のトップ中のトップとやるにはどうすべきかを、今回のデビスカップで感じられた。今後のツアーでも彼らのような選手と戦う機会は増えていくだろうし、そうあるべきだと思っている」

 未来の成長を確信する彼は、「僕にとって、いろんなものを得られたデビスカップだった」と、明瞭な口調で断言した。

 優れた観察者である彼は、鋭敏な視線を自らの内にも向ける。

 その彼の目に映るのは、敗戦のコートから常に何かを持ち帰り、勝利に変えてきたという事実だ。

 価値ある敗戦と、歓喜の勝利の集積で描かれた右肩上がりの成長曲線を見つめながら、その続きを紡ぎにいく。