12月23日に横浜アリーナでIBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネ戦に挑む、ボクシング元3階級制覇王者の八重樫東。所属する大橋ジムの後輩で、11月7日に行われたWBSSバンタム級決勝の死闘を制した「モンスター」井上尚弥について語った。

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WBSSバンタム級決勝、井上尚弥VSノニト・ドネア戦


今まではいつもパーフェクトな井上尚弥でしたけど、今回の試合に関して言えば、さまざまなボクサー井上尚弥というものを見ることができたのではないでしょうか。その一つが、9ラウンド、パンチを食らって効いていたあのシーンは本当に見たことないですね。変な話、スパーリングでもああいうシーンは全くない。本人もパンチが効いたということはボディ以外ではないと話をしていたので、初めての体験だったんじゃないでしょうか。その時に息子さんの顔が浮かんだらしいですが、そういう家族の絆がドラマになったんじゃないかなと思います。尚弥でもパンチ効かされるんだというのが衝撃的でしたね。逆に言えば、ドネアのポテンシャル。尚弥にパンチを効かせることのできるドネア。流石の一言かなと思います。

ドネアに関して言えば、5階級制覇のレジェンド。戦前は尚弥が倒して勝つという展開になるとみんな思っていたと思いますし、尚弥自身も倒して勝つつもりでいたと思います。でもそれ以上に、ドネアの気迫と、技術もさることながら勝負にかける執念という、そういったものが出たすごくいい試合でしたね。僕はリングの裾で応援していたんですけど、ラウンドが過ぎるのがめちゃくちゃ早くて、同業者である我々でも引き込まれるような、そんな展開でした。尚弥のいいところ、ドネアのいいところが出た、とても素晴らしい試合になったと思います。技術的なところでいえば、尚弥の空間を支配する能力と、ドネアの方が骨格的に大きいので、フィジカルの強さを使った攻撃と、どちらもいいところが出たのかなと思います。

具体的にまず最初に思ったのが、ドネアのジャブ。予想以上に尚弥が反応しづらそうだな、と感じました。尚弥は基本的にパンチをもらわないじゃないですか。パンチの見切りとかポジショニングとかが素晴らしいので、ほぼほぼパンチをもらわないんですけど、ジャブを最初にもらったりしていて「あれっ」と思いましたよね。それはドネアのジャブが見えづらいモーションで飛んでくるからなのかなと思いました。


また、序盤は尚弥が自分の持ち前のポテンシャルを使って、スピード感あふれる攻撃をたくさん仕掛けていったので、それをどこまでドネアが対応できるのかなと見ていました。ドネアもいいパンチを食らっていて、このまま行くのかなと思っていたんですけどね。ドネア、左フックが強いので、その左フックを常に狙っている姿勢があって、そこだけが怖いなと思っていました。会場で見ている人も左フックの空振りでどよめいていたので、みんなそこには注目していたんじゃないでしょうか。

11ラウンドは尚弥の右アッパーからの左ボディ、もろに入りましたよね。ドネアのうまいところは、時間を稼ぎながら倒れたところですね。そこで疑惑の10カウント、あれは正直ないな~と思いましたけど、結果的に判定までいって尚弥が勝ったので。本来であれば、あそこの時点で尚弥のKO勝ちなのかなと思いますが、結果論なので。あれはレフェリーがそうしたなら仕方ないですね。

ほとんど試合を支配していたのは尚弥だったと思いますし、ポイントを振り分けるのなら、ほぼほぼ尚弥に行っていたと思います。ドネアに流れたとしても。2、3ラウンドなんじゃないかなと思っていたので。ジャッジの一人に、114-113という1ポイント差があったので、ダウンがなければわからなかったということですよね。そういうポイント差でもなかったんじゃないかなとは思うんですけどね。

何よりびっくりしたのは、ドネアは36歳で僕と同い年なんですけど、ドネアの反応の速さですよね、尚弥のパンチに対する反応の速さがすごいなと驚きましたね。あそこまで仕上げてくるとは思っていなかったので。尚弥もいっぱい打たれましたし、初めてカットもあり、そういうのも含めて、いい試合だったんじゃないかなと思います。

モンスター井上尚弥との出会い、覚醒


彼が中学三年生の時にうちのジムにスパーリングに来て、その時に初めてスパーリングをしたのが一番最初の出会いですね。その当時尚弥は中学生だったので、強い学生だな、という印象でした。そのあと高校生になって、またスパーリングをした時にはボコボコにされて(苦笑)。めちゃくちゃ強くなっていて、びっくりしましたね。こんなに強くなったんだって。そこから結構スパーリングをするようになって。彼がライトフライ級の世界チャンピオンになって、その当時僕はフライ級の世界チャンピオンで、その時くらいまでは一緒にスパーリングをやっていました。彼がスーパーフライ級にあげてからは、尚弥とは一回もスパーリングをやっていないです。正直ここまで、もちろん世界チャンピオンになるとは思っていましたけど、このレベルの人間になるとは思ってもいなくて。本当に、選ばれた人なんだなと思います。

彼がここまで覚醒したのは、スーパーフライ級にあげてからですね。オマール・ナルベエス戦。そこが何かのスイッチになった、覚醒的な試合だと思いますね。2ラウンドで4回ダウンを奪って、すごかったですね。その試合の前の試合は僕とローマン・ゴンサレスの一戦だったんですが、僕がKOで負けたんですけどね、左ボディで。懐かしいですね。

尚弥は本当にすごい選手ですけど、それ以上に彼が練習するのを見てきているし、ボクシングに対する気持ちというのは、ほかの選手とは比べ物にならないものがたくさんあります。プレッシャーとかもそうですけど、彼に求められるレベルの高さとか、試合内容とか、すごいレベルで要求されるので、そういう想像以上のことをこなしてきた人間なので、それ相応に大変な思いもしていると思います。WBSSで優勝して、ここからさらに高みを目指すと思うけど、それこそいろんなプレッシャーもかかってくると思いますけど、そういうのを楽しみながら、さらに大きく成長して欲しいですね。一ファンとして、井上尚弥くんを追い続けて行きたいなと思いますし、これからも楽しみにしています。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

八重樫 東(やえがし・あきら)

1983年(昭58)2月25日、岩手県北上市生まれ。拓殖大学在籍時に国体でライトフライ級優勝。卒業後、大橋ジムに入門。元WBA世界ミニマム級王者、元WBC世界フライ級王者、元IBF世界ライトフライ級王者と世界3階級制覇を成し遂げる。プロ通算34戦28勝(16KO)6敗。162センチ。右のボクサーファイター。

井上 尚弥 (いのうえ・なおや)

1993年4月10日、神奈川県座間市出身。
今もコンビを組む父・真吾氏の下、小学1年でボクシングを始める。相模原青陵高校時代に7冠を達成し、2012年に大橋ジムからプロ入り。戦績19戦全勝(16KO)。15年に結婚した高校時代の同級生との間に17年10月、長男が誕生した。