小雨が降るなか、手負いの虎の逆襲は、あと1歩届かなかった……。創部120周年のアニバーサリーイヤー。しかし、慶應義塾大は22シーズンぶりに大学選手権出場を逃すことになった。 11月23日、東京・秩父宮ラグビー場で関東大学ラグビー対抗戦「早…

 小雨が降るなか、手負いの虎の逆襲は、あと1歩届かなかった……。創部120周年のアニバーサリーイヤー。しかし、慶應義塾大は22シーズンぶりに大学選手権出場を逃すことになった。

 11月23日、東京・秩父宮ラグビー場で関東大学ラグビー対抗戦「早稲田大vs慶應義塾大」が行なわれた。1922年から続く、伝統の一戦「早慶戦」。過去の通算成績は、早稲田大が68勝20敗7分とリードしている。



慶應義塾大は創部120周年の節目にまさかの陥落

 下馬評は、開幕から現在まで5連勝中で、早慶戦においても引き分けを挟んで7連勝している早稲田大が有利だった。その予想どおり、序盤から試合は早稲田大の優勢で進み、前半4分、16分とWTB(ウィング)古賀由教(3年)が2トライを挙げて10−0とリードする。

 しかし、今季これまで2勝3敗と大学選手権出場にあとがない慶應義塾大もFW陣が守備で奮闘。キャプテンのCTB(センター)栗原由太(4年)が「この2週間、慶應らしい(タックルの)部分を突き詰めた」というように、FW陣が力強いタックルで早稲田大の攻撃を防いだ。さらに、SO(スタンドオフ)中楠一期(1年)のゲームメイクも光り、モールから1本返して前半は10−10で折り返す。

 後半、早稲田大はSO岸岡智樹(4年)のトライで17−10とリードするものの、慶應義塾大もボールを継続して相手ゴールに迫る。後半30分過ぎ、慶應義塾大は28次攻撃を見せたが、早稲田大の粘り強い守備の前にゴールラインを超えることができない。結果、そのまま17−10でノーサイドとなった。

 早稲田大は苦しみながら開幕6連勝を達成。一方、慶應義塾大は2勝4敗となり、1997年度以来続いていた大学選手権への出場が絶たれた。

 黄黒ジャージーの慶應義塾大は、アニバーサリーイヤーでの大学選手権優勝を目指していた。敗因は、第2週の筑波大戦(14−17)と第4週の日本体育大戦(27−30)で、ともにロスタイムでの逆転負けを喫したことが大きかっただろう。

 ではなぜ、今シーズンの慶應義塾大は低迷してしまったのか——。

 2015年度から昨年度まで、慶應義塾大は金沢篤ヘッドコーチ(HC)が率いていた。医学部のSO古田京(5年)、LO(ロック)辻雄康(サントリー)、FB(フルバック)丹治辰碩(パナソニック)といったスター選手が在籍し、この3人をはじめ慶應高校時代に「花園」全国高校ラグビー大会に出場した経験を持つメンバーがチームの中心だった。

 それでも、昨年度は対抗戦で明治大に勝利するものの、大学選手権では早稲田大に敗北。準決勝に駒を進めることはできなかった。

 そして今シーズン、新たな指揮官として白羽の矢が立ったのが、41歳の栗原徹HCだった。栗原HCは現役時代、ランとキックに長けたプレーヤーで、大学3年時には慶應義塾大の大学日本一に貢献し、日本代表でもFB(フルバック)として活躍。サントリーとNTTコミュニケーションズでプレーし、2013年度で引退したのち、2014年からはNTTコミュニケーションズでコーチを務めていた。

 栗原HCは選手時代やコーチ時代を通じ、アンディ・フレンド(コナート・ラグビーHC)、エディー・ジョーンズ(イングランド代表HC)、ロブ・ペニー(ワラターズHC)、ジェイミー・ジョセフ(日本代表HC)といった世界的名将に薫陶を受けた経験がある。日本人指導者のなかでは、世界を知るコーチのひとりだ。

 慶應義塾大ラグビー部の新指揮官となった栗原HCは、伝統あるチームの既成概念にこだわらず、積極的にコーチ陣の拡充と選手の確保に努めた。

 まず周囲を驚かせたのは、昨年度まで早稲田大のコーチを務めていた元東芝の三井大祐氏を招聘したことだった。早稲田大出身が慶應義塾大を指導するのは、まさしく異例のこと。また、サントリー時代のチームメイトだった竹本隼太郎にFWコーチを、さらに元キヤノンの和田拓にはジュニアチームの指導を任せた。こうして、100人を超える部員の底上げを狙った。

「新しいことをする、伝統を変えるのは、日本で初めてラグビーを始めた慶應」

 そう信念を持つ栗原HCは、創部120周年にして初めて外国人選手を受け入れることを決めた。それが、春に入試を受けて9月に入部したニュージーランド出身のNo.8(ナンバーエイト)アイザイア・マプスア(1年)とCTBイサコ・エノサ(1年)のふたりだ。

 栗原HCはスターもエースもいなくなったチームの新しいスローガンに、「UNITY(一体感)」を掲げた。チームが一体となり、まとまりで勝負するという意志の顕れだ。

 栗原HCはリーダー陣と話す時間を多く持ち、100人を超える部員全員と1対1の面談を何度も行なった。栗原HCは「彼ら学生と話すと(精神的に)社会人寄りだった」と感じ、多くの部分を学生たちに任せたという。

 しかし、多くの選手が「日本一」という目標を口にしながら努力する姿は認めつつも、栗原HCの目にはまだまだ物足りなく映っていた。春季大会では大東文化大戦(43−12)しか勝てずに1勝4敗。春の早慶戦(12−36)でも慶明戦(14−27)でも、結果を残すことができなかった。

 夏合宿では明治大(49−17)に勝利し、調子が上がってきたかに思われた。だが、対抗戦が開幕すると、筑波大にはロスタイムにトライを許して黒星を喫し、日本体育大にも最後のワンプレーで逆転された。そして前戦の明治大には大敗(3−40)し、早稲田大からも白星を得ることができなかった。

「自分たちの力は出し切ったが、(早稲田大と比べて)メンタルが大きく違っていた。(先発7人が1年生と2年生という)若いチームをリーダー陣がマネジメントできなくて申し訳ないと思っています」

 試合後、栗原キャプテンが反省を口にすると、栗原HCはそれをフォローした。

「選手たちは学生ですので、もっとこちらが主導権をもってリードしてあげればよかった。僕の見極めミスなので、今の4年生にはいい思いをさせてあげられなくて後悔しています」

 ただ、今後に向けて光明もある。ルーキー中楠のプレーは早稲田大戦で輝いていたし、マプスアは攻守にわたってモールでファイトしていた。また、下のチームで結果を残してステップアップしてきたWTB佐々木隼(1年)も早慶戦出場を果たした。

 早慶戦のメンバーのうち11人が外部生で、7人が2年生以下。新しい慶應の片鱗を少しは見せることができたと言えよう。

 21年間続いていた大学選手権出場が止まることになり、栗原キャプテンはこう語る。

「申し訳ない気持ちですが、ここから後輩がつなげて、新しい慶應の歴史ができるのであればいい。僕たちの1年を無駄にせず、今シーズンを糧にしていいチームを作ってほしい」

 来シーズン、日本ラグビーのルーツ校である慶應義塾大は、雨降って地固まる、となるか。