向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第5回:御嶽海(3)

 先場所の大相撲秋場所(9月場所)で2度目の優勝を果たした関脇・御嶽海。

“ここ一番”の勝負強さに加えて、明るいキャラクターで人気の御嶽海は、20歳の時に日本国籍を選択しているが、日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれたハーフ。フィリピンで生まれ、幼少期はフィリピンで過ごしていた。その後、現在も実家がある長野県で暮らすことになって、相撲と出会う。

 本場所となれば、実家のある長野から母マルガリータさんを中心とした大応援団が頻繁に駆けつけ、熱烈な応援で御嶽海を後押ししている。

 九州場所でも注目を集めた御嶽海。そんな彼の知られざる”実像”に迫った――。

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 2015年2月、出羽海部屋に入門。3月の春場所(3月場所)から、僕の戦いが始まりました。

 いきなり幕下10枚目となった僕は、2番相撲で大翔鵬に黒星を喫したものの、6勝1敗。翌夏場所(5月場所)では、番付が東幕下3枚目まで上がりました。その場所では、1番相撲で大学時代にしのぎを削った正代と対戦。この一番こそ負けてしまいましたが、プロの世界のリズムにも慣れてきて、再び6勝1敗という成績を残すことができました。

 その結果、翌名古屋場所(7月場所)で新十両に昇進できたのは、ラッキーだったと思います。関取と呼ばれる地位に、わずか2場所で上がることができたのですから。

 しかも、新十両となったその場所で、優勝することもできました。対戦相手は、この前まで幕内の土俵で相撲を取っていたり、テレビを通して見ていた人ばかり。僕にとっては、無我夢中の日々でした。

 十両も2場所で通過。九州場所(11月場所)で新入幕を果たしました。ちょうど1年前、インカレに出ていた僕が幕内力士になっているとは……。正直、自分でも驚きでした。もちろん、関取の象徴・大銀杏を結うことはまだできませんでしたけど……。

 ここまでとんとん拍子の出世のように思われますが、幕内力士の底力はすごかった。初めて幕内上位に上がった2016年の名古屋場所では、3横綱(白鵬、鶴竜、日馬富士)との対戦もありましたが、5勝しかできなくて、”プロの実力”を思い知らされました。初めて三役(小結)に昇進した九州場所でも6勝9敗と、プロの分厚い壁に跳ね返されてしまいました。

 でも、この新三役昇進は、地元・長野の人たちに喜んでいただけたようです。近年、長野県は「力士不毛の地」と言われていて、幕内力士が誕生したのは久しぶりのことでした。長野県出身の三役力士となると、1932年春場所の高登関以来、84年ぶりなんだそうです。

 この頃くらいからでしょうか。お母さんや地元の人たちが、長野から大勢で僕の応援に駆けつけてくれるようになったのは。

 お相撲さんは、たいてい家族が観戦に来るのを嫌がります。だから、家族は来るとしても、本人に伝えないでこっそり来たり、遠いところから見ていたりするケースが多いんです。

 打って変わって、僕の応援団は大騒ぎしているから、すぐにわかる。真ん中で『御嶽海』の四股名入りのTシャツを着て、手を振ったりしているのが、お母さんです(笑)。

 大学時代もそうだったんですが、僕は家族や親しい友だちなんかが応援しに来てくれると、すごくがんばれるタイプなんです。「恥ずかしい」なんて気持ちはありませんよ。

 20歳になった時、日本とフィリピンどちらかの国籍を選ぶことになって、僕は日本を選びました。日本人・大道久司なんですが、そういうところはフィリピンの血が入っているんでしょうね(笑)。

 2017年春場所、三役(小結)に戻った僕は、7月の名古屋場所で関脇に昇進しました。ここから5場所連続で関脇を務めたことから、次第に「大関候補」と言われるようになってきました。

 といっても、関脇での成績は最高で9勝。つまり、10勝以上のふた桁勝利を挙げたことは、一度もないんです。それが、その頃の僕の実力でした。

 そうして2018年春場所、ついに負け越してしまい、翌夏場所は小結に番付が下がりました。

 でも、この時の負け越しで、目が覚めましたね。今まで「関脇を維持する」ということばかりを意識して、守りの相撲になってしまっていた。

「御嶽海の相撲は、思い切りのいい、力強い突き押しだったはず!」

 そう意識を切り替えて、夏場所で9勝を挙げ、7月の名古屋場所で関脇に復帰した僕は、大いに張り切っていました。

 蒸し暑い日が続く名古屋場所は「体調を維持するのが難しい」という力士が多いのですが、フィリピン生まれの僕は苦手意識がありません。初日、阿炎に勝ってから、なんと11連勝。12日目の相手は、同じく日本とフィリピンのハーフの高安関でした。普段から仲がよく、僕の弱点もよく知っている高安関には敗れましたが、13日目に大関・豪栄道関、14日目に栃煌山関に勝って、なんと14日目に初優勝が決まったのです!

「優勝しても泣かない」って決めていたんです。でも、千秋楽の表彰式の時、優勝インタビューが始まると、勝手に涙が流れてきてしまって……。



今後のさらなる活躍が期待される御嶽海

 長野から駆けつけてくれたお母さん、応援団のみなさんも大喜びしてくれていました。この時、マス席に座っていた姿が、テレビの中継画面に何度も映ったことで、僕のお母さんは有名人になってしまいました。名古屋場所が終わったあとの巡業では、お母さんがファンの方々からサインや写真撮影を求められたりして、「僕より人気があるんじゃないか?」と、嫉妬しちゃったくらいです(笑)。

 その後、大相撲解説者の北の富士さんと話す機会があったのですが、「おまえの母ちゃん、金星(美人)だな」と言われて……(笑)。悪い気はしなかったですね。

 それはさておき、関脇の地位で優勝した僕は、続く秋場所では”大関取り”がかかっていました。ところが、9勝に終わった僕は、九州場所でも負け越し……。”大関取り”は振り出しに戻ってしまいました。

 年が明けて、今年の初場所は、僕にとって試練の場所になりました。初日、横綱・稀勢の里関、2日目に横綱・鶴竜関に勝って5連勝。それなのに、6日目の妙義龍関との相撲で左ヒザを痛めて、7日目から休場。目の前が真っ暗になりました。

 それでも、治療に集中した結果、11日目から再出場を果たすことができました。気合を入れ直して臨みましたが、その日の対戦相手は、なんと10連勝中の横綱・白鵬関でした。

 いきなり横綱相手は厳しいなと思ったのですが、白鵬関も休場明けの僕とはやりづらかったのでしょう。結局、休場中の不安とか、いろんなものを全部、横綱にぶつけられた僕が勝利。自分で思い描いているような押し相撲を存分に披露することができました。

 4日間の休場がありながら、8勝してこの場所を勝ち越せたのは、自信になりましたね。

 今回の九州場所での僕の目標は12勝でしたが、それには届きませんでした。4日目の相撲で目の上を負傷したことを言い訳にしたくはありません。

「次」を目指して、2020年も前進していく覚悟です。

(おわり)

御嶽海久司(みたけうみ・ひさし)
本名:大道久司(おおみち・ひさし)。1992年12月25日生まれ。長野県出身。180cm、177kg。出羽海部屋所属。得意技は突き・押し。学生相撲で活躍したあと、角界入り。思い切りのいい押し相撲と、周囲を魅了する明るいキャラクターで、子どもから大人まで幅広いファンから支持を得ている。幕内優勝2回。三賞受賞8回。