NHK杯ショートプログラムで4位のアリーナ・ザギトワ

 11月22日、真駒内アイスアリーナ。取材エリアに出てきたアリーナ・ザギトワ(17歳)の表情は硬かった。

「緊張したわけではなくて、アドレナリンが足りませんでした」

 右手でおでこに手を当て、顔の火照りを冷やすと、ロシア語で説明している。どこか悄然とした様子だった。

「私はこのような失敗を今までもしてきました。大会で、大きなミスをしたこともあります。それを乗り越えてきました」

 その気高さを保つように言った。

 NHK杯、ショートプログラムでザギトワは冒頭、3回転ルッツ+3回転ループの連続ジャンプが単独になっている。いくらか慎重になったのは、同じグランプリシーズ、フランス杯で一本目がエッジエラーになった影響があったのか。3本目のジャンプに3回転ループをつけようとしたが、1回転になってしまい、リカバーできていない。得点は伸びず、66.84点。トップのアリョーナ・コストルナヤ(16歳)に20点近く引き離され、フリーを前に4位に低迷した。

 世界女王は弱音だけは吐かなかった。笑みさえも拵えた。そうやって見せることが、女王としての自分を支えるのだと、自ら信じているようでもあった。

 NHK杯、前日の公式練習。リンクに立つザギトワは、穏やかな表情だった。心身充実の表われか、1番に白い上着を脱ぎ、全身、黒づくめになった。黒い手袋に包まれた指を、その先まで神経を行きわたらせる。

 ザギトワはシニアデビューシーズンに、2018年平昌五輪で金メダル。その後は肉体的な成長の変化に苦しむも、2019年3月の世界選手権では優勝した。女王の時代かと思われたが、今度は国内の若手が著しい台頭を見せる。今シーズンのグランプリシリーズではフランス杯でコストルナヤの後塵を拝した。アレクサンドラ・トゥルソワ(15歳)、アンナ・シェルバコワ(15歳)の2人もそれぞれグランプリシリーズで優勝。世界女王は激しく追われる立場だった。

 フリーの「クレオパトラ」の曲かけ練習では、リラックスした様子で3回転ルッツなど難易度の高いジャンプを次々に成功させ、右足を高く上げた難しい入り方からのダブルアクセルも難なく決めていた。リンクサイドでは、コーチと会話を交わしながら、シャツをめくって鍛えたお腹を見せ、リラックスした姿があった。

 コストルナヤの方が、ジャンプは不調に見えた。

 しかしショートプログラム、冒頭で記したようにザギトワが後れをとっている。演技構成点は、35.69で1位。そこで負けなかったのは、女王の意地だったか。

 ザギトワは切ない様子と音と調和させ、一瞬で氷上に物語を作り上げた。イスラエル系スペイン人歌手、ヤスミン・レヴィが情感を込めて歌い上げる「Me voy」はスペイン語で「行くわ」と訳せるか。強く慕う恋人と別れる歌だ。

 曲が佳境に入ったとき、ザギトワは右足を高く上げながら、3回転フリップを決めたあと、コンビネーションでループを試みた。しかし、これが失敗に終わる。そこで曲の合いの手が入って、終盤に向かう。彼女は無念さを押し込めながら演じ切っている。

 今シーズン、ザギトワは完璧な演技に近づこうとしていた。それは、同じロシアのトゥルソワやシェルバコワのように4回転を跳ぶことではないだろう。ジャッジの採点が大きく変わる中でも、スケーティング技術を最大限に高めることだった。

「今シーズンは、クリーンな滑りがしたいと思っています。難易度の高いジャンプに挑戦しながらも、ステップ、スピンの技術を高めて」

 10月のジャパンオープンが終わったあと、女王はそう言って口の端を引いて笑みを洩らしていた。

―4回転時代がやって来ているが。

 記者からの質問に、彼女は背筋を伸ばしたまま、少しも動じずに答えている。

「私は単純に、フィギュアスケートを楽しみたい。昨シーズンに比べ、いい仕上がりになってきています。技術的な問題でしょうか。昨シーズンは(成長期で体が急激に大きくなって)自分の手足が動いているときにどこにあるかわからない、という感覚で。その調整にコーチと苦しんだ時期がありました」

 女王は、静かに言った。その苦悩を、彼女はそこに再現させない。涼しい表情で、記憶を封じ込めた。世界のトップに立った人間にとって、弱さを見せることは、敗北を意味するのだ。



ロシアの新鋭、コストルナヤ

―コストルナヤが直前に世界最高得点を叩き出した影響はあるのか?

 NHK杯ショートの後、記者からの質問に彼女は即答した。

「それはまったくありません」

 11月23日、フリーでの巻き返しは簡単ではない。ロシアの新世代を牽引するコストルナヤ、そして日本の紀平梨花が立ちはだかる。しかし女王はしばしば苦難も成長の触媒にしてきた。

<スケートを楽しむ>

 それは彼女だけが言える特権だろう。悩ましそうに前を向く女王は、どこか官能的だった。