これから2年間をかけて、どれほどの選手に成長するのだろうか。今秋開催された明治神宮野球大会・高校の部には、そんな希…

 これから2年間をかけて、どれほどの選手に成長するのだろうか。今秋開催された明治神宮野球大会・高校の部には、そんな希望を抱かせる高い潜在能力を秘めた1年生が何人も躍動した。

 筆頭格は天理(奈良)の達孝太(たつ・こうた)である。身長192センチ、体重80キロの長身痩躯がマウンドに立っただけで、ただ者ではないオーラが感じられた。



近畿大会決勝で大阪桐蔭を封じた身長192センチの大型右腕、天理の達孝太

 達は近畿大会決勝・大阪桐蔭(大阪)戦で先発登板し、有望選手揃いのエリート軍団を7回まで3安打1失点に封じた。8回に2安打1死球を許したところで降板したものの、チームの近畿大会優勝に大きく貢献している。

 明治神宮大会では2戦目となる準決勝・中京大中京(愛知)戦に先発登板した。東海屈指のタレント揃いの強打線に立ち上がりから苦しんだが、粘り強い投球でゲームをつくった。

 現時点で最速141キロというが、球速は常時130キロ前後。まだ体に力がないことは一目瞭然だ。それでも大型投手にありがちな動作のぎこちなさがなく、スムーズな体重移動を見せる。対戦した中京大中京の4番打者・印出太一は「角度があって球速以上に速く感じますし、右バッターの外角低めは遠く感じました」と証言する。

 そして意外な器用さも魅力のひとつだ。投球モーションに入る前、達は大きな手のなかでボールをクルクルともてあそぶように回す。スライダー、カーブ、フォークという変化球でもストライクが取れ、本人に自覚はないものの「器用だね、とよく言われます」と語る。

 初めて神宮球場のマウンドを経験し、「マウンドが高くて、赤土で固かった」と勝手の違いを感じたという。だが、3回にはフォームをノーワインドアップから制球重視のセットポジションに変え、ボールが抜けないよう8割程度の投球強度に抑えることで対応した。

 爪の保護のため、自分の意思で中学時代からネイルサロンに通うなど意識も高い。3月27日生まれながら、「幼稚園の頃から体が大きかったですし、早生まれのコンプレックスを感じたことはありません」と15歳にして幼さはない。

 中京大中京戦では8回に2者連続四球を与えて降板。その後、チームは守備の乱れもあって大逆転を許し、最終的にサヨナラ負けを喫した。試合後、達は「大阪桐蔭戦と同じようなところで崩れて、成長しきれていないと思いました」と語った。

 だが、この投手が大きな故障なく高校野球をまっとうできれば、2年後にはドラフトの目玉になっていても不思議ではない。この冬は「体重を増やして、下半身で投げるピッチャーになりたい」という本人の言葉どおり、トレーニングに明け暮れることになるはずだ。

 甲子園常連の名門・明徳義塾(高知)にも、楽しみな1年生がいる。2回戦の中京大中京(愛知)に0対8でコールド負けを喫したものの、代木大和、畑中仁太と1年生の左右両腕が大舞台で経験を積んだ。

 畑中は身長183センチ、体重81キロと均整の取れた右腕。真上から角度をつけて投げ下ろすフォームが特徴で、縦に大きく割れるスライダーを武器にする。最高球速は138キロで、達同様にまだ非力さが目につく。

 畑中は京都出身だが、中学から明徳義塾中に進んでいる。中学では超中学級と評判だった関戸康介(大阪桐蔭)、田村俊介(愛工大名電)の両輪の陰に隠れて、本人曰く「3年間でほとんど試合では投げていない」という。おもに一塁や外野の控え選手を務め、投手としての出番はもっぱら打撃投手。エリートとはほど遠い存在だった。

 明徳義塾中は昨夏の全日本少年軟式野球大会(全軟連の全国大会)で準優勝しているが、関戸、田村をはじめ主力の多くは明徳義塾高に進まず、他校に進学した。だが、畑中は「はじめからそのまま高校に上がると決めて中学に入ったので」と明徳義塾高に進学している。

 高校では本格的に投手としてプレーするようになったが、それも「バッティングは全然打てないし、足も遅いのでピッチャーしかやるところがなかった」という消極的な理由だった。だが、1年秋からベンチ入りすると、明治神宮大会では中継ぎとして登板機会を得た。結果は3イニングを投げて3失点も、被安打はわずか1で自責点は0。素材のよさは十分に伝わった。畑中は初の晴れ舞台に、こんな感想を漏らした。

「(全軟連の全国大会で)横浜スタジアムのベンチにいたときは気持ちが楽で、マウンドに行ってもこんな感じなんだろうと思っていたんですけど、全然違いました。景色も違うし、緊張感がまるで違いました」

 中学時代に身近にそびえた関戸や田村、そして県内のライバル校・高知中には軟式球で最速150キロを計測した驚異の右腕・森木大智(高知高)がいた。畑中は常に同世代の逸材を見てきた。だが、そんな強大な存在にも「負けたくない思いは強いです」と対抗心を燃やす。

「すごい人をいっぱい見ているので、自分も近づけるように頑張りたいです。冬の間に下半身と体幹を強くして、フォームを安定させられれば、もっとスピードもキレも上がると思います。もっといいボールが投げられるイメージはできているので」

 夏の甲子園で準優勝を遂げた星稜(石川)は初戦で明徳義塾に5対8で完敗した。そんななか、強烈なスイングで存在感を放ったのが5番を任される中田達也だった。林和成監督が「パンチ力がある」と県大会から起用し続けた1年生の強打者だ。

 がに股の構えからダイナミックにトップをとると、下からかち上げるように豪快に振り抜く。明徳義塾戦ではライトに二塁打を放った。中田は「筒香嘉智さん(DeNA)のフォームと、吉田正尚さん(オリックス)のようなフルスイングを意識しています」と語る。

 中田のスイングが特殊なのは、その異色の経歴と無縁ではない。中田は小学生時には野球チームに所属せず、祖父・計馬さんの勧めでゴルフをしていたのだ。本人が「プロゴルファーを目指していました」と明かすように、数々の大会で優勝を飾る実力者だった。ベストスコアは小学6年時にマークした71だという。

 中学に進むタイミングで父がプレーしていた野球への思いが募り、転向を決断。加賀ボーイズに入団した。今はゴルフはやっていないが、中田は「低めのボールの拾い方がうまいとスタッフの方から言われます」と笑う。ここまで高校通算6本塁打にとどまってはいるものの、星稜は新チームになってから日が浅く実戦が少ない。中田の長打力を考えれば、本数はまだまだ増えていきそうだ。

 中田の意外な過去は、ゴルフだけにとどまらない。小学6年時は水泳も得意で、25メートル自由形の加賀市の記録を保持しているという。さらに文化的な面もあり、書道やピアノにも親しんだ。掘れば掘るだけ意外なエピソードが飛び出す。

 現在は左打席に専念しているが、いずれはスイッチヒッターに挑戦したいと考えているという。中田は今後の展望を語ってくれた。

「中軸には投球の9割が外角攻めですし、変化球も多くなるので対応力を磨いていきたいです。あとは『ここぞ』の場面での集中力が課題ですね」

 さまざまなバックグラウンドを持つ、ユニークな大器たち。さらなる大化けの季節は刻一刻と近づいている。