何かを変えなければならない--。 11月17日のベラルーシ戦に勝利して、EURO2020の出場を決めたドイツ代表。だが国内では、2018年ロシアW杯の早期敗退を受けて、変化を求める声が挙がるようになっている。トーマス・ミュラー、マッツ・フ…

 何かを変えなければならない--。

 11月17日のベラルーシ戦に勝利して、EURO2020の出場を決めたドイツ代表。だが国内では、2018年ロシアW杯の早期敗退を受けて、変化を求める声が挙がるようになっている。トーマス・ミュラー、マッツ・フンメルス、そしてジェローム・ボアテングといった2014年ブラジルワールドカップ優勝の功労者たちを代表から外し、世代交代を積極的に進めようとしているものの、昨年新しく始まったネーションズリーグではフランス代表やオランダ代表に1勝もできなかった。現在のFIFA世界ランキングでは16位まで後退している。



2020年のユーロ出場を決めたドイツ代表チーム

 ヨアヒム・レーヴ監督交代を期待する世論の声も高まる一方で、『キッカー』のような専門誌ではドイツ国内の育成に関する疑問を定期的に投げかけている。

 フランス、イングランド、スペイン、ベルギーやポルトガルと言った国々から10代のうちにチャンピオンズリーグでプレーしたり、数十億円で移籍するような選手が次々と出てくる一方、ドイツ人でそういった選手はそれほど多くはない。目立つところでは、レバークーゼンのカイ・ハフェルツぐらいだろう。欧州のマーケットでは、逆にブンデスリーガのクラブも、そういった海外の若手選手を積極的に獲得する側に回っていることを懸念しているのだ。

 2017年にU-18ドイツ代表監督を努めていたマイケル・シェーンバイツも、対戦したスペインと比べながら、「1対1で自信を持って仕掛けられる選手がいない」と指摘していた。こういった状況のなか、本格的に導入が検討されたのが3対3のミニゲームをベースとした『フニーニョ』である。

 フニーニョとは、提唱者のホルスト・ヴァインによる造語で英語の”Fun(楽しむ)”とスペイン語の”Nino(子ども)”を組み合わせた造語だ、縦35m、横25mのフィールドに、各チームに2つずつのゴールを設置。ペナルティーエリアの代わりに、ゴール前6mをシュートゾーンとして区切ったエリアが設けられている。このなかで3対3を行なうのだ。

 ドイツ人のヴァインは、じつは2016年に亡くなるまでバルセロナで過ごした、フィールドホッケーの世界的名将だ。そしてフニーニョは、スペインサッカー協会公式の指導者向け教本に書かれた、トレーニングメニューのひとつである。これは80年代半ばに、当時バルセロナの育成組織のコーチをしていたカルレス・レシャックがヴァインと出会い、その練習を取り入れたことから始まっている。

 バルセロナを納得させたのは、とりわけ視野や認知、脳・神経系の訓練を体系的にまとめ、それを競技のトレーニングのなかに取り込んでしまう、ヴァインの手腕だった。そしてこれらのトレーニングによって、バルセロナはシャビ・エルナンデスや、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシといった黄金時代の選手を作り上げていく。

「シャビは、仮に相手がプレッシャーをかけて来た状況下でも、慌てることはないでしょう。それは、頭を素早く左右に振りながら、常に視覚情報を”理解している”からです。ボールを受ける数秒前には、適切な身体の向きを整え、決して次のプレーを実行するために不可欠な情報を見落とすことはありません。視覚的に捉えた情報は、脳内で彼の経験から集められたデータバンクと照合され、コンマ数秒のうちに処理されます。そうして、この処理された情報をもとにした予測が、彼のすばらしいテクニックを身に着けた身体によって実行に移されるのです」

 このように説明していたヴァインは、ドイツの指導者たちが若年層にあまりにも教えすぎると話し、年齢に合わせた「刺激」を与えることで、自分たちの解決策を探る作業が必要だと強調していた。9歳以下の子どもたちに合わせて作られたフニーニョは、そのために最適化されたゲームなのだ。

 今回、ドイツサッカー連盟のフースバルレーラー(日本のS級コーチ相当)の養成コース担当責任者、ダニエル・ニーズコフスキ氏に話を聞くことができた。ドイツサッカー連盟は積極的な働きかけにより、選手育成の現場でフニーニョが導入されはじめている。

--フニーニョでは3対3で各チームに2つのゴールを設置します。なぜ3対3で、ゴールが各チーム2つずつあるのでしょうか?

「その理由は比較的シンプルです。まずは、従来の7対7に比べて各選手のボールタッチ回数が増え、ボールアクションの回数が増えるからです。そして、3対3という人数は純粋な1対1のシチュエーションが頻繁に起こると同時に、パスなどのコンビネーションの選択肢もあります。少人数のグループであることで、選手間での相互のやり取りが発生します。コミュニケーションや選手間で相互に影響を与え合いながらも、1対1のアクションが求められる状況が頻発するのです。

 ゴールが1つだけだと、守備に回った選手がゴール前に固まってしまい、ゴールを決める難しさに直面します。しかし、ゴールが2つあることで、素早く攻撃方向を変え、比較的フリーなサイドのゴールを狙うことを無意識に学ぶようになります。ゴールが各チームに2つずつあることで、ボールを持ったチームは、常に認知・状況判断から決定に至るまでのプロセスを辿る必要があります。

 ゲームのなかでボールを持ったアクションが増えることで、ドリブルやパスといった基本技術をプレーのなかで習得し、同時に認知・判断そしてコミュニケーションといった戦術的要素の最も基礎的な部分を養えるようになります。なにより、年齢に合わせた少人数のグループで試合をさせることで、(9歳までで)最も重要である『プレーそのものを楽しむこと』をより確実に実現できるようになります。私の経験からしても、コーチが若年層の子どもたちの大グループを練習させるよりも、少人数のグループに分けてミニゲームを行なったほうが、サッカーを学習する効果は大きいでしょう」

--フニーニョないしその提唱者のホルスト・ヴァインのコンセプトは2006~07年頃にはドイツにも入っていたはずです。ここまで導入に時間がかかったのはなぜですか? ドイツサッカー連盟内でも変化があったのですか?

「そうですね……。新しいコンセプトが入ってきたら、それを各責任者に納得してもらうのに大変な時間がかかります。ドイツサッカー連盟は巨大な組織ですからね。それだけ、多くの人も関わってきます。そうすると、組織内外の関係者たちが納得し、変化が必要だと動き出すまでにも多大な時間がかかるのです。

 そういう意味では、2018年のロシアW杯の大失敗、それ以降の”危機”も変化を起こすチャンスになると思っています。2006年のドイツW杯から2014年のブラジルW杯までは、ひたすら右肩上がりでした。誰も変化が必要だとは感じていなかったのです。2016年のEUROも、悪くはありませんでした。そういった状況では、変化を起こすのは難しいです。そうして、2018年のグループリーグ敗退を期に、一気にトーンが変わりました。『我々は何かを変えなければならない』とね。その瞬間が、大きな変化を起こすチャンスなのです」

--なるほど。その一方で、現在はストライカーやセンターバックが足りない、という論調が増えています。私自身も、フニーニョに取り組む選手を見たり、自分でもプレーしてみましたが、創造性やアイデアが必要になる一方で、このトレーニングはポジションで言えばボランチやセンターハーフの選手が多数生まれるような実感があります。これから、世界的なストライカーが出てくる可能性はあるのでしょうか?

「たしかに、そのとおりです。私自身も、そういった特徴の選手が増えているのを感じています。しかし、このフニーニョの導入もまだ始まったばかりです。同時に、このフニーニョも選手としてのスタート段階に行なわれます。ゲームのなかで1対1の状況を打開できる選手を養成し、ベーシックな個人戦術・グループ戦術の判断を身に着けられるようにする。そこを土台として、年齢を重ねながらポジションの専門的な役割を習得して行けるようになる。

 あまりに早く選手のポジションを特定してしまうのは好ましくはありません。まずは、サッカーをプレーするうえでの基本を身につけることに集中させたほうが良いでしょうね。フニーニョは、そのうえで若年層の年代で身につける基本を学習するための理想的なゲームなのです」

 フニーニョをはじめとする新たな選手育成コンセプトを取り入れ始めたドイツ。「1対1で自信を持って仕掛けられる選手」が生まれ、世界トップへの返り咲きを果たせるのか注目したい。