パラバドミントンは東京2020パラリンピックから採用される新競技。その代表出場権は、今年3月のトルコ国際から来年3月までの対象13大会で獲得するポイントランキングで決まる。その対象大会のひとつである「ヒューリック・ダイハツ JAPAN パラバドミントン国際大会 2019」が11月13日から5日間の日程で、パラ本番会場の国立代々木競技場第一体育館で行われた。

パラバドミントンは車いすと立位のカテゴリーがあり、障害の種類や程度によって6クラスに分かれて行う。今大会、日本勢はすべてのクラスにエントリー。そのなかで、8月の世界選手権で初出場ながらシングルスで初優勝を飾った女子車いすWH1の里見紗李奈(NTT都市開発)の活躍に注目が集まった。「世界女王」として臨む自国開催のトーナメント、しかもテストイベントを兼ねた大会とあって大きなプレッシャーがあっただろうが、しっかりと結果を残した。

とくに素晴らしいパフォーマンスで会場を沸かせたのが、車いすWH2の山崎悠麻(同)と組んだダブルスだ。予選と決勝トーナメントを順調に勝ち上がり、決勝で世界選手権金メダルペアのリウ・イン組(中国)に勝利。見事、連覇を達成した。

この試合は序盤から苦しい展開が続いた。第1ゲームを14-21で落とすと、第2ゲームは先にゲームポイントを握りながら逆転を許し、そこから互いにポイントを取る接戦に。最後は相手にバックアウトのミスが出て、25-23とギリギリでもぎ取った。そして、運命のファイナルゲームは、中国のシャトルに対する速いタッチに翻弄され、4-14と大差をつけられてしまう。しかし、ふたりは諦めていなかった。障害が軽い山崎が狙われる里見をカバーすると、里見もまた相手コートの隅を狙う正確なショットで得点を重ね、劣勢を巻き返すことに成功。そこから一気に勝負に出て、21-15と突き放した。

劇的な逆転劇に涙を見せた里見は試合後、「怖かった。強敵なのはわかっていたけれど、途中でもしかしたら勝てないかもしれないと思ってしまった」と、正直な胸の内を吐露する。それでも、そこから勝利につなげることができたのは、パートナーの山崎との声かけがきっかけだったと明かす。「後悔のないプレーをしよう、いつものプレーをしよう」。互いの目を見て心を落ち着かせ、練習を重ねて精度を上げてきた連携プレーに集中した。「そうしたら身体が動き、スイッチが入った」と山崎。

追い込まれて体力的にも厳しい時間帯が長く続くなかで、この「メンタルの切り替え」が勝利のカギとなった。実はこのダブルス決勝の直前に、里見はWH1の、山崎はWH2のシングルス準決勝でそれぞれ敗れていた。どちらも優勝候補が相手ではあったが、対等に戦える実力が十分あっただけに、ショックは大きかったに違いない。しかし、試合後は、どちらも「自分で思う限りの攻めはできた」「対策してきたことが通用した部分があった」と話し、敗戦を引きずらずにダブルスに臨んでいたのだ。

「自分たちは、挑戦者だから」と、里見は言う。

里見は東京パラリンピック出場ランキングは単複とも1位、山崎はシングルス2位(2019年11月8日現在)だが、その座にあぐらをかくことはない。パラリンピック開催まであと9カ月に迫り、世界の競技レベルは1年前と比べても各段に向上している。里見が頂点に立った世界選手権直後でさえも、「次もまた勝てるわけではない」と語っていたように、群雄割拠の時代のなかで勝ち続けることがどれだけ難しいことか、彼女たちが一番実感していることなのだ。

里見は中学の3年間、バドミントン部で汗を流した。高校では部活動に入らず、アルバイトに励んでいたが、高校3年の5月に車の助手席に乗っていて事故に遭い、車いす生活に。当初はリハビリの一環でバドミントンのラケットを握っていたが、本格的に再開するつもりはまったくなかったという。だが、父の後押しもあり、地元・千葉のパラバドミントンのクラブチーム「パシフィック」に顔を出すようになったそうだ。このチームは、今大会も出場している男子車いすWH1の村山浩(SMBCグリーンサービス)が代表を務めており、車いすバドミントンのイロハをきっちり指導してもらったことも幸運だったかもしれない。

彼女は車いすのなかでも障害が重いほうのクラスだが、コートの奥からショットを打つ際は上半身を床と平行になるくらいまで反らし、反動で起き上がって次の動作にスムーズに移ることができる。そして、ラケットワークやセンスはバドミントン経験者ならではの強みだ。パラバドミントンを本格的に始めて2年半。里見のここまでの成長は、見ていても実に頼もしいが、本人に気の緩みは一切ない。

「一つひとつ、頑張っていけたら」と話す21歳は、目の前にある「今」を大切に過ごしていくつもりだ。