捕手のサインに頷き、ミットを目がけて力強く右腕をしならせる。渾身の一球に応えるかのように、捕球音がグラウンドにこだ…

 捕手のサインに頷き、ミットを目がけて力強く右腕をしならせる。渾身の一球に応えるかのように、捕球音がグラウンドにこだまする。

「やっぱり野球は楽しいな」

 現役続行を懸けた”ラストチャンス”とも言われる12球団合同トライアウトの最中、高木勇人(30歳)は野球の醍醐味を存分に味わい、野球少年のように微笑んだ。



プロ1年目の2015年に9勝をマークした高木勇人

 10月3日、西武から戦力外通告を告げられた。2018年に野上亮磨の人的保障として巨人から移籍。在籍わずか2年間での宣告だったが、高木のなかに焦燥感のような感情は湧いてこなかったという。

「前の日(10月2日)に『球団事務所に来てください』と連絡があったので、その時点で自分のなかで戦力外を受けるなと。ただ、そうなっても自分のなかで、野球を続けていくと決めていたので。引退するわけでもないですし、次の道に進むための準備をしようと」

 海星高(三重)から三菱重工名古屋(愛知)を経てのプロ入り。高卒からドラフト指名まで7年の期間を費やした自分に、多くの猶予は残されていないことを悟っていた。

 また、ここで高木が発した”引退”は、一般的な「プロ野球選手の引退」とは少々意味合いが異なる。高木が続ける。

「野球に”しがみつく”というわけではありませんが、草野球とか、野球は一生できることなので……。自分にとっての引退は野球を辞めるとき。なので、引退はまだまだ先かなと。死ぬまで引退しないでいたいなとも思います」

 朽ちることのない、野球への思いを秘めて臨んだトライアウトを終え、報道陣の前に高木が現れた。その表情には充実感が漂っていた。

「(実戦登板は)2カ月ぶりぐらいだったので、一瞬、『あれっ、マウンドが遠いな』と感じてしまって。でも、投げていて本当に楽しかったです。時間としてはほんと一瞬だったと思うんですが、あの10球は、いいも悪いも自分の投げたボールだったので、満足じゃないですけど、しっかり投げられてよかったなと思います」

 今季の一軍登板は、わずか2試合。マウンドに飢えていただけでなく、自身の能力を最大限に引き出してくれた捕手の存在も高木の高揚感を加速させた。

「キャッチャーの杉山(翔太)が自分のことをすごくわかってくれたというか、『もうスライダーだけでいいですか?』みたいな感じで(笑)。すごく投げやすい環境をつくってくれて。野球人として見てくれているんだと思えて、うれしかったですね。今までは対戦しかしていなかったのに、自分のいい部分を引き出してくれようとしてくれて、投げやすかったです。いいキャッチャーだなと思いました」

 山田大樹(前楽天)から見逃し三振を奪ったものの、森越祐人(前阪神)に四球を与え、山川晃司(前ヤクルト)には右前打を浴びた。

 決して手放しで喜べる内容ではなかったが、その結果を不必要に飾ることはしなかった。

「結果に満足しているというよりも、この時期に野球ができることが楽しかった。今日の結果で来年続けられる、続けらないとか、そういうのはわからないですけど。体も元気ですし、自分自身ではしっかりできると思っています」

 そして、噛みしめるようにこう繰り返した。

「結果としては悪かったかもしれませんが、あの10球に詰まっていたと思います」

 今後はNPBでの現役続行を第1希望に据えながら、海外も含めて幅広くオファーを待つ意向だと明かした。

「全然、引退するつもりはないので、自分の生きる道をこれから探していこうかなと思っています。日本でやりたい気持ちは強く持っていて、優先順位はNPBが一番。でも、野球は全世界どこでもやっている。自分は野球を追い求めていきたいと思っています」

 最後は茶目っ気のある笑みを浮かべながら、こう付け加えた。

「もし、西武がまた獲るといったら行くかもしれないですし(笑)。可能性としてはありますよね。(渡辺久信)GMに言っておいてください。高木が西武に戻りたいと言っているって(笑)」

 本人が「今日のピッチングと、今までの自分を見て評価してくれたらうれしい」と語ったように、巨人時代を含めた実績を鑑みて、獲得に手を上げる球団が表われる可能性は十分にある。その一方で、昨年のトライアウト受験からNPB他球団移籍を勝ち取ったのは、わずか4名。今年も狭き門であることは間違いない。

 しかし高木にとって、そこは周囲が想像するよりも大きな問題ではないのかもしれない。マウンドと真剣勝負を望む打者がいる限り、高木勇人の”野球”は続いていくのだから。