向正面から世界が見える~大相撲・外国人力士物語第5回:御嶽海(1) 先場所の大相撲秋場所(9月場所)で2度目の優勝を果たし、11月10日から始まった九州場所(11月場所)では”大関取り”がかかる関脇・御嶽海。“ここ一番”の勝負強さに加えて、…

向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第5回:御嶽海(1)

 先場所の大相撲秋場所(9月場所)で2度目の優勝を果たし、11月10日から始まった九州場所(11月場所)では”大関取り”がかかる関脇・御嶽海。

“ここ一番”の勝負強さに加えて、明るいキャラクターで人気の御嶽海は、20歳の時に日本国籍を選択しているが、日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれたハーフ。フィリピンで生まれ、幼少期はフィリピンで過ごしていた。その後、現在も実家がある長野県で暮らすことになって、相撲と出会う。

 本場所となれば、実家のある長野から母マルガリータさんを中心とした大応援団が頻繁に駆けつけ、熱烈な応援で御嶽海を後押ししている。

 九州場所では、最大の注目を集める御嶽海。そんな彼の知られざる”実像”に迫った--。

        ◆        ◆        ◆

(2度目の優勝を果たした)秋場所の話題の中心は、関脇に陥落した貴景勝の大関復帰なるか--だったと思うんです。

 そんななか、僕は初日に夏場所(5月場所)で優勝した朝乃山に負けて、黒星スタート。それでも、3日目に体重220kgの逸ノ城を、自分のイメージどおりの相撲で寄り切り。それくらいからかな、少し調子が上がってきたのは……。

 一方、注目の貴景勝は初日から5連勝。

 貴景勝と僕は、年齢的には僕のほうが4つ上なんですけど、入門したのはほとんど同じ時期。だから、同期生みたいなもので、彼とは普段からいろいろと話をしていますけど、2場所連続休場のあとの、プレッシャーがかかる状況での連勝を目の当たりにして、あらためて「(彼は)すごいな」「メンタル強いな」と思いましたね。

 この場所は、横綱・白鵬関が指の骨折で2日目から休場。もうひとりの横綱・鶴竜関も8日目から休場してしまい、大関・高安関も初日から休場していたので、中日を過ぎた頃から、関脇以下の力士たちの目つきが変わってきたように感じました。

 2年前くらいまでは、横綱、大関の力が圧倒的で、優勝は彼らだけ、という時代が長く続いていました。だけど、昨年の名古屋場所(7月場所)で、僕が関脇で優勝。九州場所では小結の貴景勝、さらに今年の初場所で関脇の玉鷲関、夏場所で平幕の朝乃山が優勝したことで、ここ最近は、関脇以下の力士にも「俺でも優勝できるかも」「次は俺の番だ!」といった気持ちが芽生えて、誰もがチャンスをつかめる時代に変わってきたんです。

 実際に秋場所でも、9日目を終えたところで、1敗が隠岐の海関、明生、2敗で貴景勝、朝乃山、僕が続くという混戦状態。10日目には、1敗の力士がいなくなりました。

 そうした状況にあって、僕は11日目に竜電関に負けて、3敗目を喫してしまいます。さすがに(優勝は)もう厳しいなと思ったんですが、13日目に2敗の貴景勝が負けて、貴景勝、隠岐の海関、剣翔関、そして僕の4人が3敗で並ぶことになったのです。

「チャンス!」だと思いました。中日に貴景勝に負けて2敗になった時は、正直後半戦でこんなチャンスが巡ってくるとは考えていなかったですから。

 昨年の名古屋場所で初めて優勝して以降、”大関取り”に挑み続けている僕は、毎場所10番以上勝つことを目標にしています。まずは、これをクリアできたことが本当にうれしかった。

 だから、「優勝を狙っていますか?」という記者の質問には、あえて自らを戒めて、こう答えました。

「やっと10勝。目標を達成できました。残り2日しかないから、楽しんで相撲を取りたい。ここで一度、リセットしないと、あと2番は勝てないと思います」

 14日目、大関・豪栄道関に勝った僕、そして貴景勝、隠岐の海関が3敗をキープし、いよいよ千秋楽を迎えることになりました。

 そこで、3敗同士の貴景勝と隠岐の海関が対戦。貴景勝が勝利を収めました。僕は、学生時代からのライバル・遠藤関と対戦して寄り切り勝ち。貴景勝と僕が、優勝決定戦に進むことになりました。

 本割(遠藤戦)を取り終えるまで、僕は”優勝”を意識しないようにしていたんです。プレッシャーになっちゃいますからね。意識したのは、本割が終わって、(優勝決定戦に向けて)一旦支度部屋に戻ってきた時くらいかな? それからは、緊張で足がすくんじゃって、自分でも「大丈夫かな?」と思ったくらい。

 僕は、図太い神経の持ち主のように見られるんですけど、意外とそうでもないんです(笑)。

 8日目に貴景勝に負けているということも頭にありましたが、「同じ相手に2度も負けられない!」「自分は勝つ!」--そう言い聞かせて臨んだ優勝決定戦は、すごく集中できていたし、自分の相撲を取り切れました。これ以上ないくらい、会心の相撲じゃなかったかな?

 優勝を決めたあとの表彰式では、両国国技館のマス席からお母さんが投げキッスを送ってくれているのが見えました。僕も投げキッスを返したんですよ(笑)。

 1度目の優勝(昨年名古屋場所)はまぐれだった。でも今回の優勝は、場所前から10勝という目標に向かってやってきて、それにプラスアルファされた結果だったと思っています。

 とにかく、僕にとって「最高!」と言える優勝でしたね。



先場所の9月場所で2度目の優勝を飾った御嶽海

 さて、僕が生まれたのは、フィリピンの首都マニラに近い、ブラカンというところです。フィリピンには4歳までしかいなかったので、当時の記憶はほんのちょっとしかないんですけど、全部楽しい思い出です。

 ブラカンの一軒家に、お母さん、おばあちゃん、おじさん(母の兄弟)、おばさん(母の姉)、いとこたちと、総勢12、13人で住んでいました。おじさんたちは僕と年齢が近かったから、兄弟のように一緒に遊んで、ワイワイ暮らしていたんですよ。

 家の横は、田んぼ。「大通り」と呼ばれていた道も、車1.5台くらいの幅しかない狭さでしたね。その道をちょっと歩いていくと、バスケットボールのゴールがあって……。そこで、ストリートバスケ(3on3)なんかをやって遊ぶんです。

 あと、親戚や近所の子たちと縄跳びをやったり、鬼ごっこをやったり、町のみんなで一緒になって遊ぶという感じでした。

 だから、4歳になって日本の長野県に行くことになった時は、寂しくて、寂しくて……。中学生の頃までは毎年2回、お母さんと一緒にフィリピンに里帰りしていました。

 フィリピンに行くと楽しいものだから、「日本に戻りたくない」って思っちゃうんですよ。帰国する時は寂しくなって、ずっと泣いていたくらいです(笑)。

(つづく)

御嶽海久司(みたけうみ・ひさし)
本名:大道久司(おおみち・ひさし)。1992年12月25日生まれ。長野県出身。180cm、177kg。出羽海部屋所属。得意技は突き・押し。学生相撲で活躍したあと、角界入り。思い切りのいい押し相撲と、周囲を魅了する明るいキャラクターで、子どもから大人まで幅広いファンから支持を得ている。幕内優勝2回。三賞受賞8回。