東海大・駅伝戦記 第67回

 アンカーの名取燎太(3年)が5回、宙を舞う。大学生活で初めて味わう胴上げに笑みが止まらない。続いて両角速(もろずみ・はやし)監督が5回、宙を舞った。

 11月3日に行われた全日本大学駅伝は東海大が16年ぶり2度目の優勝を果たし、今シーズン初タイトルを獲得した。

「ヒヤヒヤしましたが最後、名取がよく走りました」

 両角監督は、そういって表情を崩した。



名取燎太がトップでゴールし、東海大が16年ぶり2度目の全日本大学駅伝優勝を果たした

 8区の名取は、トップを走る青学大の飯田貴之(2年)と2秒差で襷(たすき)を受けると、4キロ過ぎで並び、一気に勝負に出た。そこで飯田がついてこられず、勝敗は決した。

 レース後、両角監督は「流れ的には塩澤(稀夕/3年)が順位を上げてリセットできたこと。その次の西田(壮志/3年)の走りが大きかった」と語った。だが、レースが大きく動いたのは、4区の西田のあとだった。

 5区の市村朋樹(2年)がトップに躍り出て、6区の郡司陽大(4年)は区間賞の走りで貯金をつくった。7区の松尾淳之介(4年)は青学大の吉田圭太(3年)に詰められ、抜かれながらも、最後は粘った。彼らの健闘と踏ん張りがあったからこそ、歓喜のエンディングがあったのだ。

 5区、先頭を走る東洋大の西山和弥(3年)と26秒差の2位で襷を受けた市村は、軽快な走りで前を追った。

「西山さんが見える範囲で襷をもらえたので、とりあえず詰めていこうと。でも、走る直前に両角監督から電話で『そんなにすぐに詰めなくてもいいから、じっくりいこう』と言われて。自分はあまりそういうのが得意じゃないので……ただ、意識はしていました」

 意識はしていても、前が見えると追いたくなるのがランナーの性だ。じっくりと言われたが、市村は突っ込んでいった。前に近づいている感覚でいたが、不思議なことに沿道からは、西山と開いているような声が飛んできた。

 中継地点では、監督車から降りた両角監督から「5秒詰めたぞ。前を見ていけ」と檄を飛ばされた。7キロぐらいから西山が少しずつ落ち始め、9キロ地点でとらえると、9.3キロで市村が前に出た。

「トップに立てたのは、自分の力というよりも塩澤さん、西田さんのおかげ。西山さんを抜くまでは調子はよかったんですが、抜いてからは本当にきつくて……早く終わってくれないかなぁって思っていました(笑)。追いつくまでは楽しくて、追いついたあとは地獄でした」

 市村本人は「きつい」と言ったが、腕を振り、ダイナミックな走りは変わらない。気温が上がっても、レースに集中して走っているのが見て取れた。市村はそのまま差を広げて、トップで6区の郡司に襷を渡した。

 両角監督は、市村を「まずまずの走り」と評価した。

「区間順位(7位)はよくなかったですけど、西山くんが落ちてきた時、きついなかで勝負し、先頭に立てた。それはよかったと思います」

 市村は出雲駅伝に続き、今回は12.4キロを走り切ったが、内容は満足していなかった。

「長い距離に少しずつ対応できているのかなと思ったんですけど、終わってみるとかなりきつかったので、箱根はこのままじゃまずいなって思いました。最初突っ込みすぎて、10キロぐらいならいいですけど、ハーフになると致命傷になるので、ペース配分が課題ですし、もう少し距離への対応をしないといけないと思います」

 今後については、上尾ハーフを走り、合宿で距離に対する耐性をつけていくという。箱根まで2カ月あり、市村のポテンシャルがあれば20キロを走れるだけでなく、勝負できる走力を身につけられるだろう。

「欲が出てきました。ここまできたら、箱根も走らないといけないなって思います」

 市村はそう言って、笑みを見せた。

 数日前、花咲徳栄高校に通う弟・竜樹が埼玉県駅伝の4区で2位という結果を出した。そんな弟の活躍に刺激を受けた市村は、西山を逆転し、さらに19秒差をつけてトップで襷を渡した。

 駅伝はタイムも大事だが、区間内で目の前の相手との競争に勝ち、ダメージを与え、いい流れをつくることが重要だ。襷を郡司に渡す際、「よくやった」と言われたそうだが、その言葉どおり、市村の走りは後続の選手に勢いと勇気を与えたのである。

 市村から襷を受けた6区・郡司の走りはすばらしかった。昨年と同じ区間でコースを知るせいか、終始余裕のある走りを見せた。6キロ地点では、順位を上げてきた2位の順天堂大に25秒の差をつけ、完全に流れをつかんだ。

 出雲駅伝では出番がなかったが、出雲市陸協記録会(5000m)ではトップの小松陽平(4年)に次いで2位。ラストで小松のスピードに敗れたが、中盤以降、前を走る姿勢を両角監督から評価されるなど、この時点で郡司も全日本大学駅伝のメンバー構想に入っていた。

 郡司は今回の全日本でアンカーを走りたかったという。名取の走りを見て、「あれだけいい走りをされると何も言えないですよね」と苦笑したが、先輩として負けられない気持ちをあらためて強くしたようだ。

「今回、重要なアンカーを(3年生の)名取に任せてしまった。名取は(大学での駅伝が)初めてだったので、もう少し楽な区間を走らせてあげたかったかなと。でも、強かったですね。名取もいるけど、箱根は自分が2区を走りたい」

 郡司が2区を争うような状態になれば、東海大の選手層はさらに分厚くなるだろう。

 それにしても、郡司の走りは圧巻だった。後半、ニコニコして走っているので、さぞかし気持ちよく走っているのかと思いきや、「いやー、きつかった。あれは笑っているんじゃなくて、きつすぎてそう見えたんだと思います」と吐露した。きつくても、そう見えないのが郡司らしさである。区間賞だけでなく、区間新という堂々の走りを見せてくれた。

「区間新の区間賞ってガラでもないです。でも、(新しい区間になって)2度目のレースですけど、前回のタイム(吉田圭太/青学大/37分29秒)を抜いてトップ(37分26秒)になれたのは、『マジかよ!』って感じですし、夢のようです」

 郡司の頑張りで2位の順天堂大に54秒、3位の青学大にも1分3秒の差をつけた。このあとの展開を知れば、この差がなければゾッとするところだが、郡司は最後も懸命の走りで1秒でも差を広げようと努めた。そういう意識が駅伝には必要なのだと、郡司の走りを見てあらためて思い知らされた。

 郡司から襷を受けた7区・松尾の走りは、非常にドラマチックだった。スタートは1キロ2分47秒と悪くない走りを見せていたが、5キロぐらいだろうか、いつもの松尾らしさが影を潜め、明らかに硬くなっていた。7キロ過ぎに唾を吐くシーンがあったが、それが松尾の状態を物語っていた。実際、序盤から「体が動かない」と自分の走りに違和感を持っていた。

 うしろからは青学大の吉田が猛追していた。しかし、追いつかれることは想定内だった。出走前、両角監督から吉田に追いつかれたあとは、「焦らず、粘ってついていけ」と指示を受けていたのだ。スタート時、青学大と1分3秒あったタイム差は、10キロ地点で23秒になり、13.6キロ地点でついにとらえられた。吉田の勢いからして、ここで一気に離されると思った。だが、ここから松尾が驚異的な粘りを見せたのだ。

「ここで離されてしまうと、次の名取が苦しい走りになる。僕自身、苦しい走りだったんですけど、少しでも楽をさせてやろうと……意地を見せるというか、とにかく粘っていこうと」

 表情をゆがめ、歯を食いしばりながらも吉田に食らいついて離れない。15キロ手前で少し遅れ、「ここまでか……」と思ったが、16キロを超えると再び追いついた松尾が前に出た。

 松尾が必死の形相で吉田についていく。その様子を見ていた羽生拓矢、遠藤拓郎、木村理来、高田凜太郎ら4年生が沿道に出て、松尾に声援を送った。

「みんな(沿道に)いてくれて……絶対に離れない、意地でもついていこうと思いました」

 いつ離されてもおかしくない状況が続いたが、必死についていくことで吉田に与える心理的影響は相当あったはずだ。

 そんな松尾の姿を見て、ふと2年前の出雲駅伝を思い出した。松尾はエース区間の3区を任され、青学大の下田裕太、東洋大の山本修二、駒澤大の工藤有生らを相手に粘りの走りを見せ、懸命に耐えた。結局、4区の鬼塚翔太にはトップの青学大と5秒差の3位で襷をつなぎ、逆転優勝につなげだ。あの時と同じ覇気を、この日の松尾に感じた。

 さすがにラストスパートは吉田に勝てなかったが、それでもわずか2秒差で名取につないだ。両角監督は30秒ぐらいの差を覚悟したそうだが、松尾の粘りで最悪の事態を免れた。

「僕の前までいい流れで貯金をつくってくれて……それを全部使い果たす感じになってしまったんですけど、最低限の仕事はできたかなと思います」

 どこの大学にもブレーキになる区間があったりするが、そのダメージをいかに最小限に食い止めるかが重要になる。松尾は区間8位と本来の走りはできなかったが、それでもレースを終わらせず、十分に戦える状態で名取に襷を渡した。

「名取が頑張ってくれて優勝できましたけど、個人的にはちょっと満足いかないです。箱根まで2カ月あるので、しっかり準備をして、次につなげられればいいかなと思います」

 松尾は前を向いて、そう語った。ロード組を引っ張る存在として、4年生として、箱根は譲れないところだ。

 表彰式のあと、優勝メンバーが壇上で撮影しているなか、その端で關颯人、鬼塚翔太、阪口竜平が優勝カップを持って記念撮影をしていた。

「補欠」と笑っていたが、この悔しさを忘れないように……という意味もあったのではないだろうか。彼らにしてみれば、自分たちがいないなかで優勝したのは、うれしいと同時に猛烈な危機感を抱いたことだろう。

 郡司は「主力がいたら強いけど、いなければ自分らがそこを狙えばいい」と言った。チーム内には「誰かに頼らずとも自分たちがいる」という空気が生まれている。今回、それが結果となって表れた。今後は選手がその意識を強く持ち、より自立したチームになっていくだろう。

 箱根に向けてのメンバーは、主将の館澤亨次を筆頭に、關、鬼塚、阪口が復活し、全日本優勝メンバーである、郡司、西川、松尾、小松の4年生に、塩澤、西田、名取の「3年生黄金トリオ」、さらに2年生の市村が絡んでくれば、東海大史上最強のオーダーが可能になる。誰が出ても遜色ないチームがつくれるだろう。今回の優勝は、タイトル獲得というだけではなく、チームにもたらした財産は非常に大きかった。