安部裕葵は、控え組の6人と輪になって、リフティングに興じていた。同年代同士だけにリラックスした表情だ。他の選手の失敗に…
安部裕葵は、控え組の6人と輪になって、リフティングに興じていた。同年代同士だけにリラックスした表情だ。他の選手の失敗に、一同に誘われるように笑みを洩らした。
今夏、安部はバルサBに入団後、ほぼすぐにスタメンの座を勝ち取っている。U-22日本代表招集を挟み、4試合連続で先発出場。ゴールはなかったものの、そのセンスで見る者を唸らせていた。しかし第7節を前に筋肉系の故障で外れると、すぐに復帰したものの、先発の座を取り戻せていない。最近2試合は出場時間がむしろ少なくなり、この日も控えだった。
リフティングのボールのコントロールを珍しくミスした安部は、キックがあてずっぽうになった。少し冷やかすような仕草をチームメイトがした。安部は苦笑いだった。

サバデル戦の後半30分から出場した安部裕葵(バルサB)
10月27日。ヨハン・クライフスタジアムは、バルセロナの郊外にあるバルサの総合練習施設の一角に建てられている。バルセロナのセカンドチームであるバルサBのホームスタジアム。下部組織である「ラ・マシア」の少年たちにとっては、憧れのトップチームに昇格するための最後の登竜門だ。
この日、リーガ・エスパニョーラ2部B(実質3部)のバルサBは、サバデルと対戦している。最近まで2部にいた相手で、昇格を争う直接的一戦ということもあって、今シーズン最高の4092人の観客を集めた。いわゆるダービーだけに、サバデルのファンも数多く駆けつけ、試合前からスタンドは盛り上がっていた。
試合はバルサBがやや優勢に試合を進めている。ボールを持ち運ぶ技術で分があった。左サイドバック、セルヒオ・アキエメの攻め上がりが目立つ。左サイドを崩しつつ、中央の守備を撹乱。そして23分、左から中央へダイアゴナルに入ったパスをモンチュが持ち込み、1-0とした。
リードしたこともあって、後半も安部にはなかなか出場機会が訪れない。チームのペースが落ち始めた後半30分だった。安部はキケ・サベイロと交代で、同じポジションの左サイドアタッカーに入っている。
「イロキ・アベだ。こいつはゴールを決めるぞ!」
サバデルの担当記者が、隣の記者にまくし立てていた。裕葵の「H」はスペイン語では発音されない。
「ベンチは手を打ったほうがいいぞ。まだゴールはしていないが、ゴールの匂いがプンプンする。ボールを持てる選手だ」
その記者は警戒を強めていた。地元では、敵チームの記者にも、その実力は知れ渡っていたのだ。
ピッチに入ると、安部はボールを持ち上がり、左サイドで1人をするりとかわす。このプレーに会場の各所でため息が洩れる。サッカー通を唸らせる技量だ。
すると、安部にボールが集まり始める。右サイドを崩した後だった。折り返しのクロスに対し、安部はエリア内のインサイドに入って、強烈な右足ダイレクトボレーでゴールを狙う。GKに弾かれたが、いっせいに拍手が起きた。
安部の投入は、チームを蘇生させていた。バルサBは「U-20バルサ」に近い陣容だけに、試合終盤になると大人の選手を相手に消耗してしまう。一時的にでも勢いを押し返したことは、チームにとって大きかっただろう。
事実、最後の10分は猛攻を食らった。もう少し時間が長かったら、追いつかれていたかもしれない。とりわけ、アディショナルタイムの総攻撃は凄まじく、最後のCKでは相手GKも上がってスクランブルになった。
しかし結局、バルサBは1-0で逃げ切り、交代出場の安部は仕事を成し遂げた。
もっとも、安部の見ている先は、逃げ切りの仕事をすることではない。すでにポテンシャルの高さは示した。このカテゴリーでは上位の選手であることは確かだが、トップチームに上がるには、目に見える結果も必要になる。バルサ以外の1部のクラブでプレーするにも、先発に定着し、チームを勝利に導けるようになることが先決だ。
飛び級でトップデビューを果たしたアンス・ファティはまだ16歳。すでにバルサが契約を結び、「次世代のスペインを背負うアタッカー」と言われるペドリ(ペドロ・ゴンサレス/現在は2部ラス・パルマスでプレー)も16歳。若手は次々に育ち、年齢を飛び越え、さらに有力な若手がどんどん入ってくる。その競争は熾烈だ。
安部は左サイドから中央へカットインするプレーに自信があるのだろうが、クラブは右サイドでも起用している。ピッチのどこでもアドバンテージを得られることで、相手の対応を上回るプレーができるように仕向けているのか。スペインのトップレベルでは、得意な形がひとつでは、すぐに研究されて読まれてしまうのだ。
スペインのトップで勝ち抜けるプレースタイルを確立させる、そのプロセスにあるとも言えるが、時間はあまりない。この1シーズンが正念場だ。21歳になってもバルサBでプレーする選手はいるが、例外的なケースなのだ。
すでにトップデビューしたアンスが、ユース、バルサBの応援で”はしご”をしていた。この連帯感がラ・マシアの強さか。スペインの下部組織出身の選手は、トップに上がっても、自分がどこから来たかを意識させられる。アンスはトップチームでベンチを温める試合が続いているだけに、仲間の奮闘から力をもらおうと思ったのかもしれない。トップにたどり着いてからも、気が遠くなるような競争が続く。
これでバルサBは2部昇格プレーオフ圏内の4位に浮上した。安部は出場機会を重ね、先発を取り戻し、力を証明し続けるしかない。