10月20日、フローニンゲンが2-0でスパルタ・ロッテルダムを完封すると、記者室で何人ものオランダ人から「板倉はい…
10月20日、フローニンゲンが2-0でスパルタ・ロッテルダムを完封すると、記者室で何人ものオランダ人から「板倉はいいディフェンダーじゃないか」と声をかけられた。空中戦にも地上戦にも強く、最終ラインからのつなぎも正確。1試合に何度も左CBの位置から、ズバッとミドルパスを右サイドに通す。

相手FWとの空中戦にも負けない強さを見せた板倉滉
なによりオランダ人記者を魅了しているのが、板倉滉のスライディングタックルだ。スパルタ戦でも味方がバックパスをミスしてピンチになりそうだった場面を、板倉はタイミングのいいスライディングタックルでしっかり防いだ。
中盤に上がる時の姿はエレガント。だが、その回数が少ないのが課題だろうか――。そんな私見をオランダ人記者たちに述べると、「右利きの板倉は4番(左CB)でプレーしているから、それは仕方がない。もし3番(右CB)のポジションでプレーしたら、もっと中盤にドリブルインする回数が増えるだろう」という温かい回答が戻ってきた。
翌朝の地元紙『ダッハブラット・ファン・ヘット・ノールデン』は、板倉にチーム最高タイの採点7.0をつけ、簡潔に「ベスト・ディフェンダー」と寸評を載せた。
今年1月、板倉はフローニンゲンに入団するも、昨季の出場機会はなし。今季は開幕からレギュラーだが、当初は「負傷中のサミール・メミシェビッチが戻るまでのつなぎ役」と見る向きが多かった。
だが、そのメミシェビッチはようやくメンバーリストに名を連ねるようになったものの、デニー・バイス監督が「板倉滉×ミケ・テ・ウィーリク」のCBコンビを解消する気配はない。
「メミシェビッチをベンチに置き続けるのは、もったいない。かといって板倉を使わないのも、もったいない。そのうち、板倉はMFにコンバートされるかもしれない」(フローニンゲン番記者)
私はふと、今の板倉を昨季の冨安健洋(ボローニャ)と重ね合わせる。ベルギーでの最初のシーズン、冨安はたった1分しか出場機会を得られなかった。だが、昨季の開幕戦で先発に抜擢されると、瞬く間に押しも押されもせぬシント・トロイデンのレギュラーCBになった。
冨安の場合、監督が交代したことで道が拓けた。だが、板倉に関しては、昨季使わなかった監督と今季板倉を重宝している監督は同一人物である。
バイス監督の板倉を見る目を変えたのは、何だったのだろうか。先日、板倉はこんな話をしてくれた。
「昨季はシーズン途中からフローニンゲンに入ったということもあるかもしれませんが、なかなか監督とコミュニケーションが取れてなかったし、使ってくれる気配もありませんでした。監督はガツガツ行くタイプのディフェンダーが好きなので、練習から味方を削るぐらいやりました。そこで喧嘩にもなりましたが、そういうのがあったから監督も認めてくれたと、自分でも感じています」
今季のフローニンゲンは、10試合のうち5回もクリーンシートを記録している。これは、AZの6回に次ぐ数字だ。
GKセルジオ・パットのファインセーブに救われたこともあるが、前線の選手たちの守備意識の高さも見逃せない。90分間、集中力を切らさず守っているからこそ、相手をゼロに抑えることができている。ボールポゼッション時には難のあるフローニンゲンだが、守備に関してはかなり固まったと見ていいだろう。
私は今季一度だけ、フローニンゲンゴール裏のカメラマン席から試合を見る機会があった。板倉との距離は近かったものの、大歓声のなか、彼が何を話しているのかは聞こえなかった。それでも、常に口を動かし、味方とコミュニケーションを取ったり指示を出したりする様は、よく観察することができた。
「試合中はずっとしゃべっています。通じているかはわからないですし、たまに日本語で言っている時もあるんですけど(笑)。でも、しゃべることが大事。言っていることは『右』とか『左』とか単純な言葉ですが、そのひと声がないと命取りになったりするので、思ったことは全部言うようにしています」
だが、板倉にとってはクリーンシートを達成した試合よりも、3失点したPSV戦、2失点したアヤックス戦のほうが貴重な経験を積めたのではないだろうか。
9月25日のPSV戦で、フローニンゲンは3失点を許した。オランダ代表FWステーフェン・ベルフワインやFWドニエル・マレン、右SBデンゼル・ダンフリースのスピードとパワーに押され、「立ち上がりからスピード感やうまさの違いなど、『個々の能力がぜんぜん違うな』と感じました」と言う。
前半2失点を許したフローニンゲンは、後半に1点差まで追いつくも、アディショナルタイムにとどめを刺されて1-3で負けた。格上との戦いを終えた板倉はサバサバした表情で、「負けたこと自体、言い訳はできないし、悔しい思いはあるけれど、開始早々からやっぱり楽しかった」と振り返っていた。
PSV戦の3日後、フローニンゲンはアヤックスと戦った。試合中に4バックから5バックへシステムを変更した際もスムーズにいき、フローニンゲンは終盤まで0-0のまま敵地で持ちこたえていた。
しかし73分、MFジャンゴ・ワルメルダムが遅延行為によって2枚目の警告を受けて退場。そのショックは大きく、フローニンゲンは76分と79分に続けてゴールを割られてしまい、最終的に0-2でアヤックスに敗れた。
前半の板倉は、FWドゥシャン・タディッチ、MFハキム・ツィエク、FWダビド・ネレス、MFドニー・ファン・デ・ベーク、FWクインシー・プロメスといったアヤックスのアタッカー陣に裏を突かれたり、マークを外してしまうシーンもあった。しかし、ハーフタイムにそれを修正すると、「(アヤックス攻撃陣に対する)怖さは少しありつつ、『でも、やられないだろうな』という気持ちも多少ありました」と、失点するまでは落ち着いて守っていた。
PSVに3失点、アヤックスに2失点を喫したものの、この4日間の濃厚な経験は間違いなく板倉にとって大きかったはずだ。その後、フローニンゲンはRKCワールワイクに3-0、スパルタに2-0と、2試合連続で完封勝ちを収めている。
スパルタ戦の後半、板倉は196cmのFWラルス・フェルトワイクとの空中戦で、味方MFと連係をとりながらしっかり封じた。
「プレシーズンに、あのFWにやられていたんです。だから、『絶対にやられたくない』という思いが強かった。『元フローニンゲンの選手』ということも聞いていましたし、なおさら(笑)」
プレシーズンにやられたFWをしっかり止めた――。これもまた、板倉の今季の成長の証(あかし)と呼べるのではないだろうか。