永井秀樹 ヴェルディ再建への道トップチーム監督編(5)(4)はこちら>>監督同士として戦ったネルシーニョと永井秀樹恩師・…

永井秀樹 ヴェルディ再建への道
トップチーム監督編(5)

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監督同士として戦ったネルシーニョと永井秀樹

恩師・ネルシーニョから
送られた激励の言葉

 9月28日(土)。東京ヴェルディは、J2単独首位を走る柏レイソル相手に0-3で敗れた。前節の大宮アルディージャに続き就任以来初の連敗で、残り試合数から考えて、J1参入戦の6位以内は極めて厳しくなった。

 わずか3日の準備期間で挑んだ7月20日(土)の愛媛FC戦で劇的な逆転勝利を飾って以降、永井は新たな戦術を徐々に浸透させ、勝ち点も積み上げてきた。しかし、新キャプテン渡辺皓太の、横浜F・マリノス電撃移籍。次にキャプテンに指名した藤本寛也のケガによる離脱に始まり、毎試合のように主力が複数欠けるなど、戦術の組み立て以前に、メンバーもまともに組めないでいた。

 永井サッカーで、ひときわ輝きを放っていたレアンドロ、パライバという攻撃の軸をケガで欠いた中での、名伯楽ネルシーニョ率いる首位レイソル戦。それは誰の目から見ても劣勢は明らかで、図らずも、結果だけ見れば予想どおりの敗戦に終わった。

 翌日、永井とヴェルディクラブハウスで待ち合わせをした。今のタイミングでどうしても聞いてみたいことがあったからだ。

「昨晩は一旦クラブに戻って、監督室で午前零時まで試合の映像を見返していた。いつものルーティンだけどね。でも、家に戻ってからもいろいろ考えているうち朝5時になってしまった。7時には起きたから、睡眠時間は2時間かな」

 永井はどんな状況でも結果を求められ、負ければ容赦なく批判にさらされた。そんな日常に嫌気がさしたり、愚痴のひとつもこぼしたくなることはないのだろうか。

「現役選手で長く続けてきた間にも、賞賛と批判の繰り返しの中で生きてきた。そういう意味では、慣れているかもしれない。監督という立場である以上、全責任は自分にあるわけで、応援してくれている人たちからすれば『おまえのせいだ』と批判したくなる気持ちもわからないわけでもない。でもだからといって、監督がへこんでいたらチームは成長しない。『この試練を乗り越え、積み上げていった先に答えが見えてくる』と信じてやっている」

 試合後、恩師でもあるネルシーニョから声をかけられたという。

「『すばらしいアイデアとインテリジェンスにあふれたサッカーだと感じました。永井はいい監督になれる才能は持っている。ただ、経験が足りない。これはどの監督にも言えることだが、経験という道は、誰も避けては通れない。永井のこれからの監督人生、わたしも楽しみにしているから、辛抱強く続けてください』と激励していただいた。

 それはうれしかったし、励みにもなった。ネルシーニョさんは今69歳。指導者としては30年以上、監督としても25年も戦い続けてきた。その間には賞賛と同時に、相当批判もされてきたはず。でも、そうやって続けてきた結果、今があるのだなと思えば、『自分が批判されることなんて全然、大したことはない』と考えるようにはしているけどね」

 腫れぼったい目を擦りながら、永井はほんの少し笑顔を見せた。安定した精神状態を保つためにも、勝っても負けてもインターネット等の反響は見ないように意識していると話した。永井も人間。まったく気にならないわけでもないようだ。ただそんな状況でも、選手たちは目先の評価に振り回されず邁進していた。

 ユース監督時代の教え子で、今はトップチームでも欠かせない存在に成長したMF森田晃樹はこう話した。

「ユースとは違い、トップチームではより勝利が求められるので、難しいところはあると思います。でも、僕自身は、ユースでも同じように苦しい時期も経験して、そして、結果がついてきたことも経験しています。今のサッカーを続ける限りは、全員がさらに高い意識で、(永井)監督のやりたいことを理解し、技術を身につける必要があります。僕たち選手が信じられなくなってやめてしまえば、それこそほんとに終わり。今やめたら、来年にも何も残らないと思っています」

 ユース監督時代の教え子だけではない。前々任者のロティーナ監督から評価され、昨シーズンからヴェルディでプレーするDF李栄直も、永井スタイルの可能性を信じて取り組んでいた。

「永井さんは覚悟を見せてくれているし、練習でも落とし込もうとしている。勝てない時は『ただ単にボールを回しているだけ』と言われますけど、常に監督は『ゴールを意識しろ』と言っている。『勝つためのパス回しをしろ』と言われているし、監督もそこを落とし込もうとしている。それを表現するのが自分たちで、そこの意識がまだまだ足りない」

 また、永井体制になってからは、7月27日の町田戦を除いてすべて先発起用されている梶川諒太も、「やっている選手全員が求められていることをしっかりとできれば、見ている人も楽しいサッカーになるという自信があります。ただし、『これくらいでいいか』では、絶対に無理なサッカー。僕たちは、簡単にできるサッカーはしてない」と話すなど、どの選手も、理解を深めて技術を身につける難しさは感じていても、取り組み自体は大きなやりがいを持っていた。

 いまチームは、同じ方向を見て戦う一体感がある。それは永井の監督就任前とは明らかに違う変化であり、そして李が言うように、船の舵を切る永井がブレずにいるからにほかならない。

「常に数的優位を維持し、全員攻撃、全員守備のトータルフットボールで、90分間、ボールを持ち続けて(相手を)圧倒して勝つ」

 永井が今のスタイルに取り組み始めたのは2年半前、ユース監督に就任した時からだ。それは、日本人の特性を活かしたサッカー、フィジカルに頼らない、勤勉で、緻密なサッカーを完成させ、世界でも十分戦えるスタイルを追求するためだった。

 ユース監督1年目は、ある意味、それまでとは真逆な考えに選手たちは戸惑い、試合でも大敗が続いた。しかし2年目以降、「型」が出来始めると、高校王者の前橋育英から大量5点を奪い5-3で勝利を収めるなど結果もついてくるようになった。

 永井の理想は、現代サッカーの起源でもある「トータルフットボール」。1974年、ヨハン・クライフを擁するオランダ代表のミケルス監督が採用したのが最初で、「ポジションは流動的で、全員攻撃、全員守備」というスタイルは、FCバルセロナを始め、いまなお世界のサッカーに多大なる影響を与えている。

 体は小さくてもテクニックに長けた選手を多く輩出し、トップにも昇格させている今のヴェルディにとって、トータフルットボールを目指すことは理にかなっているように感じた。ヴェルディが育成型クラブを目指すならばなおのこと、永井の目指す方向性はむしろヴェルディの現実を踏まえたうえでの取り組みに思えた。

 選手は勝利を追い求めると同時にサッカーの求道者。サッカー人として、自身のサッカーを高めたい、より学びたいという欲求を持つ選手にとって、永井と一緒にサッカーの本質を追求する日々は、決してつまらないものではないだろう。

 練習開始前や終了後も、選手全員で自チームの分析や改善、目指すサッカーのイメージを研究する時間が圧倒的に増えた。汗を流して練習する、ジムで鍛える以外に、今のチームには「サッカーを研究する」という要素が加わっていた。

 トップチームである以上、「勝利」を求められることは永井も十分理解していた。一方で、目先の勝ちにこだわるあまり崩壊したチームも見てきた。ましてや今のヴェルディは、格上相手に単純なサッカーで勝利できるような戦力は整っていない。ならばクラブの未来を作るためには、いま何をするべきか。永井は冷静に分析したうえで取り組もうとしているように思えた。

「『もっと普通にやればいいのに』と言われたりもする。でも、体格や体力に勝る相手と同じ戦い方をして勝てるのか。それが普通なのか。何を持って普通なのか。自分は、いま普通と思われているような考え方を変えたい。将来にわたり結果を出し続けることのできるチームにするためにも、なおさら今は、質の高いサッカーを追求することが大切だし、それは必ず、ヴェルディの未来につながると信じている」

 インタビュー開始から2時間以上が経ち、日も落ち始めた。

「とにかく、ネルシーニョさんから言われた言葉ではないけれど、辛抱強くやり続けるしかないよね」

 クラブハウス2階にある食堂から、永井はこれから練習を始めるジュニアユース選手たちの様子を見つめながらそう話した。