ナショナルズがワールドシリーズ初進出を決めた。カージナルスとのナ・リーグ優勝決定シリーズは4連勝のスイープ。前身のエ…

 

 ナショナルズがワールドシリーズ初進出を決めた。カージナルスとのナ・リーグ優勝決定シリーズは4連勝のスイープ。前身のエクスポズの誕生から50周年という節目の年に、念願のナ・リーグ制覇を成し遂げた。

 首都ワシントンDCは歓喜に包まれた。今シーズンは一時期借金12の地区4位と序盤は低迷していたが、優勝したブレーブスに次ぐ地区2位でワイルドカードゲームへ。一発勝負の舞台でブルワーズを下すと、地区シリーズでは優勝候補のドジャースを撃破した。

 投手陣はマックス・シャーザー、スティーブン・ストラスバーグという2大エースが中心。打線は昨年の日米野球で来日し、今季34本塁打110打点した20歳のソトが4番に座る。3番に126打点の打点王レンドン、5番はリーグ優勝決定シリーズMVPの36歳ベテラン・ケンドリックが脇を固め、1番は35盗塁の快足ターナー。チームの顔であったハーパーが昨オフに退団し派手さはないが、堅実な打線が機能した。

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ナショナルズ優勝でクローズアップされた悲しき球団

 そんなナショナルズのリーグ優勝で、クローズアップされてしまった悲しき球団がある。メジャー30球団で唯一、ワールドシリーズを経験していない球団。それが多くの日本人メジャーリーガーが在籍してきたマリナーズだ。

 マリナーズは球団拡張に伴い、1977年にシアトルを本拠地として誕生した。初めて日本人が所属したのは1996年。マック鈴木がメジャー昇格を果たし、日本から最も距離が近い都市のチームに、日本人メジャーリーガーの系譜が生まれていく。

 2000年には佐々木主浩が入団。翌2001年にはイチローが加入する。2002年には長谷川滋利が、2004年には木田優夫がユニホームに袖を通した。その後も2006年に城島健司、2012年には岩隈久志と川崎宗則、2016年には青木宣親が加入。今季の菊池雄星まで10人の日本人がプレーした。

 マリナーズが最もワールドシリーズに近づいたのは2000、2001年の2シーズン。日本人選手の力が大きく貢献していた。

 2000年はルーキーの佐々木が守護神に君臨。37セーブで新人王に輝いた。チームは地区2位でワイルドカードからプレーオフへ進出。地区シリーズではホワイトソックスを3連勝のスイープで下した。初のワールドシリーズへあと一歩というア・リーグ優勝決定シリーズで立ちはだかったのが、第3次黄金期まっただ中のヤンキースだった。2勝4敗で涙をのんだ。

マリナーズの絶頂、2000年、2001年

 翌年は加入したイチローの首位打者、盗塁王、最多安打、新人王、そしてシーズンMVPに輝く活躍もあり、年間116勝というメジャータイ記録で地区優勝を果たした。最高勝率チームとして挑んだプレーオフ。インディアンスとの地区シリーズを3勝2敗で勝ち抜き、ア・リーグ優勝決定シリーズへ挑んだ。相手はまたもヤンキースで2年連続の同じ顔合わせとなった。

 本拠での2試合を連敗スタート。重い空気となったが、敵地での第3戦に14-3と大勝して空気を一変させた。迎えた第4戦。0-0の8回にブレット・ブーンの勝ち越しソロが出たが、その裏にバーニー・ウィリアムズに同点ソロを許す。9回1死、佐々木がソリアーノにサヨナラ2ランを浴び、力尽きた。第5戦は3-12という大敗。シアトルの悲願は、再び常勝帝国の前に消えた。

 このシーズンを最後に、マリナーズはプレーオフにさえ進めていない。今季も68勝94敗で3地区制導入後では初めてとなる地区最下位に沈み、18シーズン連続でポストシーズン進出を逃した。

 負の歴史はいつになれば止まるのか。港町のファンは首を長くして待っている。そして頂点にあと一歩と迫った戦いの中に、偉大な日本人選手たちの涙があったことは忘れてはならない。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]