鈴鹿スペシャル――。 かつて、地元日本GPにホンダが総力を結集して投入した最高のエンジンを、そう呼んだ。 しかし今のレギュレーションでは、パワーユニットは年間3基しか使うことができず、グリッド降格ペナルティを受け容れたとしても、鈴鹿の…

 鈴鹿スペシャル――。

 かつて、地元日本GPにホンダが総力を結集して投入した最高のエンジンを、そう呼んだ。

 しかし今のレギュレーションでは、パワーユニットは年間3基しか使うことができず、グリッド降格ペナルティを受け容れたとしても、鈴鹿の1戦のためだけに特化したパワーユニットを投入し、使い尽くすということはできない。理論的には可能だが、法の精神には反するからだ。



3年連続で鈴鹿の表彰台に立っているフェルスタッペン

 今週末のF1第17戦・日本GPを、ホンダはシーズン後半戦に合わせて完成させたスペック4で戦う。

 そして、新型燃料もついに完成し、これでようやくスペック4の実力がフルに発揮することができる。

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「パワーユニットは、ベルギーGPから投入したスペック4で戦います。4台ともに3日間を通してスペック4です。それに加えて、新しい要素として燃料があります。エクソンモービルとともにホンダの先進技術研究所の燃料系エキスパートの助力も得て、我々のエンジンの燃焼に合ったものを開発して今週末のレースから投入します」

 スペック2のターボとMGU-H(※)にはホンダジェットの技術が使われたが、今回は燃料分野の先進技術のノウハウが投入された。ホンダが社をあげて、オールホンダ体制で戦う。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

「ホンダR&D(HRD)という会社のなかに先進技術研究所というところがあり、いろんなことに関しての先進技術のエキスパートがいて、『オールホンダで戦う』という意味で燃料のエキスパートにも開発に加わってもらって、エクソンさんと一緒に開発を進めてきました。

 ホンダにはクルマもジェットもありますが、燃料を使います。その燃料を将来的にどうすべきか、という研究をやっているんです。今、我々のパワーユニットでF1部門以外のホンダの技術を生かせば、まだ性能を上げられるところはないか? (そう考えた時に)燃料が上げられる。燃料のエキスパートがいる。じゃあ一緒に開発しましょう、ということです」

 今年からスタートしたエクソンモービルのホンダ用燃料開発は、決して順調とは言えなかった。シェルがフェラーリ、ペトロナスがメルセデスAMGのために専用燃料を開発して性能を引き出しているのに対し、エクソンモービルは今季まだ一度もアップグレードが果たせていなかった。

 ホンダの協力を得てようやく完成に漕ぎ着けたが、当初言われていたほどの大きなステップは果たせなかったと、チーム関係者は言う。

 それでも、10kW(約13.6馬力)で0.2秒ほどのゲインになる。仮に0.1秒でも、大混戦の中団グループで戦うトロロッソにとっては、大きな後押しになる。ただし、レッドブルに必要なのは、もっと大きなゲインだ。

 レッドブル側も、新型フロントウイングの投入は断念したものの、フロアやリアウイングには手を加えてきている。空力性能が重要となる鈴鹿で、少しでもダウンフォースを増やしてコーナーを速く走ろうという意思の表われだ。

 マックス・フェルスタッペンはここ3年連続で表彰台に立ち続けている。しかし今年、その記録更新が簡単でないことも、また認識している。

「去年の鈴鹿でもフェラーリは強かったし、接触があったから後退しただけだよ。僕らも強力な戦いができると思うけど、バックストレートはかなり長い全開区間だからフェラーリにとって有利なはずだし、DRS(※)がないならなおさらだ。僕らにとっては、かなり苦しい区間になり得るだろう。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 ただ、僕らもフレッシュなエンジンを使うことができるし、それでどうなるかだね。(コーナー主体の)セクター1ではメルセデスAMGが速いだろうし、(ストレート主体の)セクター3ではフェラーリが速い。今年はずっとそうだったし、そのなかでいいバランスのセットアップを見つけられることを願うだけだ。全セクターで気持ちよく走れるようにセットアップできれば、必ずしもどこかひとつのセクターで最速である必要はないからね」

 セクター1は200~250km/hのコーナーが右へ左へと連続し、約2kmに渡ってコーナリングし続けるハイスピードセクション。マシンの空力性能の限界が試される。多くのドライバーが「世界でベストなセクター」として挙げる。

「鈴鹿は最も好きなサーキットのひとつだし、FP1デビューを飾った場所でもあるし、僕にとって特別な場所であり続けている。第1セクターは信じられないくらい速いし、ランオフエリアもなくて、真のドライバーズサーキットだ。コーナーのコンビネーションがすごくよくて、とくに軽タンクで走る予選では本当に楽しいよ。マシンバランスがいいマシンなら、なおさら走っていて楽しいしね」

 フェルスタッペンはそう語るが、フェラーリはシンガポールGPで投入した新型ノーズによって、低速域・中速域のコーナリング性能を向上させてきた。そして鈴鹿では、シンガポールやソチでは試されなかった中高速域の空力性能が試されることになる。

 メルセデスAMGはフェラーリの最高速に対抗するため、ダウンフォースを削ってコーナーを犠牲にしながら戦ってきた。だが、鈴鹿には新しい空力パッケージを投入し、「これによって驚くべき速さを取り戻せれば」(バルテリ・ボッタス)と言う。

 そんななかでレッドブルは劣勢だが、ポイティブな要素としては、ソチのセクター1~2にある中速コーナーでは最速だったことが挙げられる。中高速コーナーの連続する鈴鹿でも、フェラーリが最速であり続けるとは限らない。

 それに加え、非常に強い勢力を持つ台風19号の影響で、土曜のフリー走行と予選がキャンセルになった。どのチームも十分な走り込みができないまま、日曜の1日開催となる予選・決勝に臨まなければならない。

 となれば、限られた時間のなかでセットアップを整え、できるだけ多くの速さをマシンから引き出すチーム力が問われることになる。

「残念なことに台風が近づいて来ていて、どうにも避けようがない状況ですから、走行が短くなることは避けられません。走行が短くなる分、それを見込んでプログラムを組み、密に速くセッティングを進めて予選・決勝に備えたいなと思っています。いかにうまくマシンをセットアップできるかが各チームの勝負になります」(田辺テクニカルディレクター)

 そんなレース週末に向けて、レッドブルもトロロッソも、ともに戦ってきたホンダの面々の気持ちを汲み取り、「特別なレース」という気持ちで臨んでいる。レッドブルの地元オーストリアGPで田辺テクニカルディレクターが自らHRD Sakuraに確認を取って「エンジン11ポジション5」の攻めの指示を出したように、ホンダが特別な思いで望む母国レースにチーム側も最大限の攻めの姿勢を持ち込んでくれている。

「昔の鈴鹿スペシャルのように、今のレギュレーション上ではそういうもので戦えませんが、燃料はひとつ新しいアイテムとして戦うことができます。それと、鈴鹿ということを念頭に置いてメンバーが一丸となって戦うことが、気持ちとしての鈴鹿スペシャルかと思っています」

 自分たちの力のすべてを出し切り、自分たちに勝つこと――。それが地元鈴鹿でホンダに課せられた使命だ。それを果たすことができれば、どんな結果になろうとも悔いは残らない。最後に田辺テクニカルディレクターはこう意気込みを語った。

「行けるところまで行く。4台完走して、4台入賞して、スタッフとしてこのクルマに関わっている人間がミスなく、自分たちの持っている限られた力を最適に使って、ドライバーに気持ちよく走ってもらえるように。そして、結果につなげられればと思っています」