宮司愛海連載:『Manami Memo』 第3回フジテレビの人気スポーツニュース番組『S-PARK』でメインキャスターを務める宮司アナの連載『Manami Memo』。番組で携わってきた競技や取材した選手の魅力について語ってもらいます。…
宮司愛海連載:『Manami Memo』 第3回
フジテレビの人気スポーツニュース番組『S-PARK』でメインキャスターを務める宮司アナの連載『Manami Memo』。番組で携わってきた競技や取材した選手の魅力について語ってもらいます。第3回のテーマは、8月末から9月にかけて行なわれた2019世界柔道選手権。
取材時にはノートを欠かさない宮司アナ
2019世界柔道選手権は、東京で開催されたことに大きな意味があった大会だと思います。
メダルの数、特に金メダルの数は男女合わせて個人戦で4個と課題が残ると、大会後、井上康生監督が話していました。
銀メダルの数は、男女合わせて個人戦で6個。決勝まで進んだ中、頂点まであと1歩が届かなかった理由とは、一体何だったのでしょうか・・・。
きっと、2020年東京オリンピックと同じ会場で、日本全体からの声援を受けて…ということが大きな後押しになった一方で、多大なプレッシャーもあったのだと思います。現場で選手たちの葛藤を目の当たりにしながら、それでも、来年のオリンピックに向けて、日本武道館で試合をしたということは、必ず大きな収穫になっていると信じています。
柔道の取材を通じて、他の競技と違うと思うのは、「金メダル以外は勝ちではない」という空気感です。より厳しい世界で戦っているということを、取材をする度に感じます。
柔道は日本で生まれたものだからこそ、勝って当たり前という歴史が脈々と受け継がれてきました。その歴史があるがゆえに、選手にかかるプレッシャーは私たちの想像を遥かに超えるものだと思います。
番組中継でコメントする際も、銀メダルや銅メダルでは簡単に「おめでとうございます」と言いづらい空気があります。メダルというのは、その色に関わらず努力の結晶であり、ひとつのすばらしい結果ではあるのですが、選手の皆さんはそこを目指しているわけではないのです。
それぞれの競技の世界が持っている「結果との向き合い方」が異なる中で、やはり柔道はそれが非常に厳しいということを取材している中でひしひしと感じます。
今回の世界選手権について、男女それぞれ1階級ずつお話をさせていただくと、男子は66キロ級の準決勝での日本人対決。丸山城志郎選手と阿部一二三選手の試合が一番印象に残りました。
この2選手は、オリンピック66キロ級のたった1枠を争うライバル同士。去年4月の全日本柔道選抜体重別選手権で戦った時に、13分23秒という死闘を演じ、今大会も延長を合わせて7分46秒というひと時も目の離せない試合を展開しました。
丸山選手は試合序盤で右足を痛め、一方の阿部選手も右目をその前の試合で負傷し腫らしながらの試合。両選手とも満身創痍ながら、66キロ級の覇権は渡さないというプライドがぶつかり合うのを感じました。
阿部選手は、これまで世界選手権を連覇しながら、世界から自分の柔道を研究され、去年の後半あたりからはなかなか成績が残せない苦しい時期を過ごしてきました。今大会はプレッシャーもあったと思いますし、逆にここで勝てばオリンピックの代表争いから丸山選手に差をつけられるという自分への期待もあったと思います。
一方の丸山選手は、去年11月のグランドスラム大坂で優勝すると、国際大会を3大会連続で優勝。4月には先の大会で阿部選手を破りました。26歳という年齢から”遅咲き”と言われることもありますが、去年後半からの勢いそのままに臨んだ今大会。ご自身も話されていましたが、立場上、負けたら終わり、オリンピック出場争いからも後退してしまう中で、そのたたずまいからは”侍”のような空気を感じました。
この試合について解説の野村忠宏さんが指摘されていたのは、丸山選手が足を痛めたとわかった時点で前に出られなくなってしまったのが阿部選手の弱さだということ。終始、丸山選手の気迫に押されてしまったのではないかとも話されていましたが、その一方で、痛みをこらえつつ戦い抜いた丸山選手の精神力は見事でした。このふたりの戦いは「どちらが劣る」ということではなく、もっと高い次元での頂上決戦なのだと思います。
この次、ふたりは、恐らく11月のグランドスラム大阪大会で戦うことになります。正真正銘の、オリンピック代表を懸けた直接対決になるでしょう。そこでどのような戦いが見られるか注目したいです。
女子で最も印象に残ったのは、63キロ級の田代未来選手の決勝です。相手は、女子選手の中では”全階級通じて最も強い”とも言われる、フランスのクラリス・アグベニュー選手。
これまでの対戦成績は、田代選手の1勝8敗。昨年の世界柔道でも決勝で敗れ、この一年間「今年こそは倒す」という思いを持って臨んだ決勝でしたが、延長合わせて11分。最後の最後まで諦めず相手を追いつめたものの、最後に技ありを取られて本当に悔しい敗戦となりました。
そして、試合後の、「追い抜けそうでも追い抜かないと意味がない」という田代選手の言葉。悔しさが伝わるその涙には、私ももらい泣きしてしまいました。
ただ、試合が終わった後の、あのアグベニュー選手の涙がすべてを物語っていたと思います。普段は勝って畳の上でダンスを見せるほど余裕のあるアグベニュー選手が、最後の最後まで追い詰められた苦しさ、そして勝ち切れた安堵感に涙を見せたのです。確かに今回、田代選手は敗れましたが、去年から今年にかけての実力差はグッと縮まっています。アグベニュー選手は、来年の東京オリンピックで必ず目の前に立ちふさがる相手。だからこそ、今回の決勝が持つ意味は本当に大きかったと思います。
他にも、今回の世界選手権柔道では、女子は78キロ超級の素根輝選手、男子は63キロ級の丸山選手が初出場で金メダルを獲得したことが、大きな収穫でした。73キロ級の大野将平選手が、4年ぶりの世界選手権で危なげなくオール一本勝ちし圧倒的な力を世界に示したことも、オリンピックに向け明るい未来を感じる結果となりました。
一方で、女子70キロ級の新井千鶴選手と阿部一二三選手が3連覇、女子57キロ級の芳田司選手が2連覇を達成できなかった点に関しては、世界が日本の柔道を研究し、対応してきているということが改めて浮き彫りとなったと言えるのではないのでしょうか。
選手のみなさんに聞くと、日本の柔らかい道と書く「柔道」と外国の「JUDO」は少し違ってきているそうです。日本のきちんと組む柔道に対して、それを回避し、いかに組ませずに勝つかという戦い方を外国勢はしてきます。これらのことに改めて対応していかないと勝てないということがわかった大会だったのかもしれません。
これからますます東京オリンピックへの代表争いが激しくなっていきます。各階級たった1枠という狭き門を目指すのは、苦しく孤独な戦いです。選手の皆さんには、とにかく怪我なく、悔いのない戦いをしていただきたいです。そして、オリンピックと同じ会場となる日本武道館で開催された今大会で得たものを、そして日本の「柔道」を、来年のオリンピックで是非見せてほしいと思います。