DeNAはCS敗退が決まった7日、筒香嘉智外野手のポスティングシステムでのメジャー挑戦を容認する方針を発表した。同システムを利用してメジャー挑戦する選手は、昨オフの元西武・菊池雄星投手(現マリナーズ)以来となる。

 名称こそ変わらずポスティングシステムのままだが、誕生から様々な変遷を重ねてきた。現在のポスティングシステムでは、獲得を希望するメジャー全30球団と交渉が可能であり、選手の立場から見たらFA(フリーエージェント)移籍に限りなく近い形となっている。

ポスティングシステムが生まれた経緯

 

 ポスティングシステムが生まれたのは1998年。そもそも誕生の経緯は、日本人選手がメジャーリーグに挑戦することが現実的となってきていたからだった。野茂英雄と伊良部秀輝。2人の投手の移籍がきっかけであった。

 野茂は近鉄を任意引退という形をとり、1995年からドジャースでプレー。伊良部はパドレスとの三角トレードを経て、1997年からヤンキースでプレーした。実際に彼らはメジャーの第一線で活躍し、今後ますます増えるであろう日本人選手の移籍について、明確なルールを作る必要に迫られていた。

 そこで日米間選手契約に関する協定を調印。ポスティングシステムが誕生した。当初は入札制度で、同システムを利用したメジャー移籍を希望する選手に対し、獲得を希望する球団が譲渡金額をコミッショナー事務局に非公表で申請。最も高額な譲渡金を設定したチームが独占交渉権を得ていた。

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初のポスティングシステムでのMLB移籍、実は広島の…

 初めてポスティングシステムでメジャー移籍したのは1998年オフの、広島のアレファンドロ・ケサダ外野手。譲渡金は40万ドル(約4000万円)だった。レッズ傘下マイナーに合流したがメジャー移籍は果たせなかった。

 その後、2000年オフにイチロー、20001年オフに石井一久と次々と同システムを利用してメジャー挑戦を実現させた。2人の譲渡金は約12~14億円程度だったが、次第に日本人選手の市場価値が上がっていく。2006年オフの松坂大輔、2011年オフのダルビッシュ有の譲渡金は50億円以上にまで跳ね上がった。

 これに悲鳴を上げたのがメジャー各球団。特に少ない予算で臨むチームは太刀打ちできない。譲渡金は、戦力均衡を狙ったぜいたく税の範囲外ということもあり、是正を迫られた。

 2013年からは、譲渡金の限度額が約20億円に抑えられた。その代わり、獲得を希望するチームは全て交渉が可能になった。

 そして2018年からは現行制度へ。譲渡金は契約総額に応じて決まる形となった。約25億円までの部分には20%、残り50億円までの部分に17・5%、それ以上の部分には15%の額が譲渡金となる。昨オフ移籍した菊池は契約延長オプションや出来高が複雑に絡んだ契約となっており、退団するまで譲渡金の総額が決まらないという複雑な形となった。

 ポスティングシステムでメジャーへ移った選手はこれまで18人。筒香の契約交渉はまだ始まってもおらずこれからだが、果たしてどんな新天地に決まるのか。先人たちが歩んだ道のりと、築いてきた歴史があり、夢への扉が開こうとしていることは、忘れてはならないだろう。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]