2019年、開幕直後からメルセデスの圧倒的な優勢が続いていた今シーズンのF1。しかし、後半戦に入ると、あれだけ無敵を誇ったシルバーアローの前に強敵が立ちはだかった。積年のライバル、フェラーリの巻き返しが始まったのだ。ここ数戦のパフォーマンスを見る限り、現在のF1で最強と見なされているのは、メルセデスではなく、このイタリアンチームである。



後半戦、調子を上げてきたフェラーリ

 フェラーリは、スパ(第13戦ベルギーGP)、モンツァ(第14戦イタリアGP)、シンガポール(第15戦シンガポールGP)で3連勝を飾った。続く第16戦ソチ(第16戦ロシアGP)はセバスチャン・ベッテルのマシンにパワーユニットにトラブルが生じ、4戦連続でポールポジションを獲得したシャルル・ルクレールは戦略(チームオーダー)ミスのためにみすみす勝利を逃してしまったが、本来なら勝てていたレースだった。

 もちろん、チャンピオンシップ争いという意味で言えば、これからフェラーリの逆転劇を期待するのは、あまり現実的ではないだろう。可能性はゼロではないが、今シーズンのドライバーズタイトルはルイス・ハミルトンがほぼ手中に収めており、コンストラクターズタイトルもメルセデスの勝利で終わりそうな状況だ。しかし、コース上での戦いに注目するならば、今、もっとも速いクルマはフェラーリなのである。

「彼らのクルマは、もとからよかったんだと思う。ただ、その性能を十分に発揮できるコンディションの幅が狭かったんじゃないかな?」

 シンガポールGPを終えて、ルイス・ハミルトンはそんなふうにフェラーリを評した。

「今の彼らは、どんなコンディションでも速さを発揮している。だから、彼らに勝つのはかなり難しいだろうね。なんといっても、直線が抜群に速い。今の僕たちのストレートとは、とても比べものにならないよ」

 ハミルトンの指摘は正しい。実際、開幕前のテストでは「今季最強のマシン」と目されていた2019年のフェラーリSF90は、これまでも何度かメルセデスと互角の性能を発揮していた。だが、さまざまな理由で本来のポテンシャルを発揮できなかったのだ。

 その中には、マシンの信頼性不足やレース戦略上の失敗、ドライバーのミスなど、フェラーリの「自滅」と言えるものも少なくなかった。シーズン前半戦を振り返ると、バーレーン(第2戦バーレーンGP)では、シャルル・ルクレールにエンジントラブルが生じて掴みかけた勝利を逃してしまった。モナコ(第6戦モナコGP)では、予選のひどい戦略ミスのために決勝でルクレールの力を発揮するチャンスが台無しとなり、その決勝レースでは戦略を見誤って、セバスチャン・ベッテルが勝利する可能性をみすみす逃している。

 パワーユニットに関して言えば、フェラーリは開幕当初からライバルをリードしていたと考えていいだろう。彼らのパワーユニットはすでに2018年シーズン終盤の時点で大きなステップアップを果たしており、今もその性能は全グリッド中でベストと言っていい状態にある。

 一方、シャシーと空力デザインに関しては、2017年に新しい方向性へ舵を取り、今もその延長線上にあるが、今季の空力レギュレーションへの対応を最適なところへ落とし込むまでには若干の時間を要してしまい、これが前半戦の苦戦につながったと考えている。

 だが、重要なポイントは、ハミルトンが指摘したように、シーズン後半に入り、フェラーリがそれをうまく機能させるようになった、ということだ。

 一方のメルセデスは、ホイールベースが長く、昔ながらのサイドポッドを備えた、いわば「古き良き」クルマの外観を保っている。フェラーリの方向性には追従せず、彼らがキープコンセプトの姿勢を取っているのは、たとえマシンポテンシャルで少々劣ろうとも信頼性と実績が重要、と考えているからなのだろう。

 事実、シーズンの前半はメルセデスが最強のマシンであり続けたのだから、その判断は正しかったと言えるだろう。彼らがここまでの2019年シーズンで、限界まで性能を発揮できていたのは、マシンの信頼性が高く、分厚いデータの蓄積を通じて、その特性を深く理解していたからにほかならない。

 ただし、車体性能に関するここからの「伸びしろ」という点では、長年「キープコンセプト」を続けてきたメルセデスに比べて、新たなデザイントレンドに挑戦しているフェラーリにより多くの潜在的な可能性があるかもしれない。フェラーリのコンセプトが本領を発揮するのは、まだこれから、というところだろう。

 実際、フェラーリがSF90に施した最新アップグレードを見れば、彼らの主眼がすでに2020年用マシン開発にシフトしていることがよくわかる。後半戦のフェラーリを大きく飛躍させた、SF90のアップデートは、来季のマシン開発の方向性を見極めるための「開発テスト」の側面を帯びているのだ。そして、現在のSF90の状況を見れば、彼らは「正しい道」を見出しつつあるようだ。来年の仕様はおそらく全マシン中のベストになりそうな気配である。

 一方、これが事実なら、メルセデスはちょっと面白いジレンマに陥ることになる。当然ながらメルセデスもすでに2020年と2021年に向けた設計に注力をしているが、彼らが来季のマシンデザインで、独特のサイドポッド形状と、リアの車高が高く、ホイールベースが短いフェラーリのスタイルに追随するのか、それとも、彼ら独自の道を行くのかは興味深い。

 だが、このまま現在のデザインコンセプトに留まり続けるなら、来年のメルセデスは厳しいシーズンを過ごすことになるかもしれない。すでに新たなデザインコンセプトの方向性を見出しつつあるレッドブルとフェラーリが、この先、どんどん性能を上げる一方で、キープコンセプトのメルセデスには、彼らと同様の上げ幅を期待するのが難しいからだ。

 一方、来季のメルセデスが新しいコンセプトを採用するのであれば、従来とは異なるマシン開発と熟成に多くのリソースと時間を割く必要が出てくるが、ここで頭が痛いのは、2021年にはまったく新しいテクニカルレギュレーションの導入が予定されていることだ。2020年のマシンで新コンセプトに挑みつつ、それと並行して、規定が大きく異なる2021年用マシンの開発を同時に進めるのは容易ではなく、メルセデスは難しい判断を迫られることになるはずだ。

 もちろんフェラーリも厳しい選択に迫られている。だがそれは、マシン面というよりもむしろ、ドライバーに関することだ。チームのエースドライバーはセバスチャン・ベッテルだが、今年は年下のチームメイト、シャルル・ルクレールのほうが、ほとんどのコースで、4度の世界タイトルを獲得したベッテルを凌駕するパフォーマンスを発揮しているのだ。

 現在のドライバーズランキングではルクレールが3位につけており、ベッテルはその後方の5位である。ルクレールのパフォーマンスは明らかにベッテルに対して心理的なプレッシャーを与えており、それがロシアGPでの不要なミスにつながった。一方、ルクレールもまたミスを犯しているが、彼の場合はむしろ若さに起因するものだ。

 このふたりの間に発生した確執を、フェラーリはなんとしてでもうまくコントロールしなければならない。シンガポールでは、ベッテルをルクレールの前に出すという戦略を採用したが、ルクレールは明らかに不満げだった。続くロシアでも、ベッテルがルクレールの思惑を顧みずに、序盤でルクレールにトップを譲るという、チームオーダーを無視した格好になり、彼らふたりの間に怒りと混乱が発生した。

 鈴鹿以降のシーズン終盤戦では、このふたりのバトルはさらに熾烈になるだろう。ランキングをかけた争いではない。2020年のフェラーリはどちらがエースなのか、という意地がぶつかりあう勝負だ。後味がよくない戦いになるかもしれないが、これが2020年のタイトル争いになる可能性もある。その争いの手綱をフェラーリがどうさばくか、というのも見どころだ。もちろん、もしそこを誤れば、メルセデスは間違いなくその隙につけいってくるはずである。(西村章●翻訳 translation by Nishimura Akira)