土壇場の、この集中力、この結束力はどうだろう。ラスト5分から、まさかの2トライ。ラグビーワールドカップ(W杯)で、日本代表がボーナスポイント1を獲得できる計4トライを挙げて勝ち点5をプラスし、初の決勝トーナメント進出に王手をかけた。ラ…

 土壇場の、この集中力、この結束力はどうだろう。ラスト5分から、まさかの2トライ。ラグビーワールドカップ(W杯)で、日本代表がボーナスポイント1を獲得できる計4トライを挙げて勝ち点5をプラスし、初の決勝トーナメント進出に王手をかけた。



ラグビーW杯のサモア戦に臨む日本フィフティーンと声援を送るファン

 5日夜の豊田スタジアム。日本が難敵サモアを38−19で破った。破竹の3連勝で、A組トップに立った。日本代表のレプリカジャージで赤白に染まったスタンドの約4万の観衆が歓喜に沸く。「ニッポン、ニッポン」の大歓声。

 ピッチ上では、ゲームキャプテンを務めた「ラピース」こと、フランカーのピーター・ラブスカフニがしばし右膝をついて、左コブシをひたいにつけていた。

 「チームがひとつになったおかげです」と、敬虔なクリスチャンは神に感謝した。

「とくにスクラムはよくやってくれた。スクラムの感触がよかったので、最後もスクラムをやろうとなった。松島(幸太朗=ウイング)がトライラインを越えた時には、みんなの努力とハードワーク(猛練習)の結果だったので本当にうれしかった」

 ラスト5分、日本はこの時点でまだ2トライだった。あと2つ、誰もがボーナスポイントは「もうダメだ」と思ったことだろう。でも、この半年余、努力してきた選手たちはちがった。あきらめない。途中交代のLO(ロック)ヘル・ウヴェが値千金のターンオーバー(ボール奪取)。右左にテンポよくつないで、途中から入ったWTB(ウイング)福岡堅樹が右中間に走り込んだ。3トライ目を挙げた。

 福岡の述懐。

「チームのみんながからだを張って、ボールを取り返してくれた。それをつないだトライだったので、チームのみんなに感謝したい。チームとして最高の状態だったと思う」

 チームの結束が幾ばくかの幸運も引き寄せる。相手ゴール前のラインアウトからバックスを加えた”13人モール”で押し込む。崩れて相手スクラム。ここで「アーリープッシュ」の反則をとられてフリーキックを与えた。

 相手ボールのスクラム。ここで試合終了を告げる銅鑼の音がなった。万事休すだ。相手が蹴り出せば、ノーサイドとなる。

 だが、このスクラムでサモアのSH(スクラムハーフ)がボール投入の際、”ノットストレート”という信じられない反則を犯した。日本ボールのスクラムだ。赤白ジャージの塊がブルージャージの塊を押しに押す。コラプシング(故意に崩す行為)の反則を得た。もういっちょスクラム。また押した。

 後半からHO(フッカー)に入った堀江翔太が、含み笑いで思い出す。

「あの場面でスクラムを押すのはイメージができていた。実はスクラムトライを取りたかったんですけど……」

 またも相手コラプシングながら、そのまま押して、ナンバー8姫野和樹が左にボールを持ち出した。ラック。途中から入ったSH田中史朗が左ラインのWTB松島にロングパスをつなぎ、相手ディフェンスのギャップをついて、松島が左中間に躍り込んだ。4つ目のトライ。電光掲示板の時計の数字は「84:28」だった。

 もう、たまらない。強気の松島は後半、途中から入ったSH田中に「チャンスがあれば、回してくれ」と伝えていた。

「FW(フォワード)がしっかりスクラムでプレッシャーをかけてくれたので、(相手)BK(バックス)もプレッシャーを受けていたのだと思う。外側の(ディフェンスの)選手がかぶってきた。インターセプトを狙っていたのだろう。”チャンス”って、そのまま持ち込んだ」

 価値あるトライは、FWとBK、いや控え選手を含めたチーム全員でつかんだものだった。責任と使命感。地元ファンの大声援を力とし、日本代表は神がかり的な強さを発揮している。

 ふだんはディシプリン(規律)が薄いサモアがこの日は、規律を保ってきた。世界トップクラスの身体能力、フィジカル勝負を挑んできた。音が記者席まで届きそうなハードタックル。ハイパントキックに日本が後手を踏むシーンも多々、あった。

 でも、「サモアのフィジカルに負けない自信はある」と豪語していた地元出身の25歳・姫野がブレイクダウンでからだを張った。全員がこの日のテーマのひとつ、「フィジカル勝負で逃げない」を実践した。SO(スタンドオフ)の田村優は冷静にPG(ペナルティーゴール)を蹴り込んだし、だれもが猛タックルを繰り返した。

 タックル成功率は相手81%に対し、日本は138本中123本を決める89%を記録した。とくに地味ながらも、両LOのいぶし銀のタックル。ヴィンピー・ファンデルヴァルト、ジェームス・ムーアがチーム最多の14本のタックルをそれぞれ決めた。

 日本はしつこいダブルタックルで相手突進を止め、サモア得意のオフロードパス(タックルを受けながらのパス)をほとんどさせなかった。受け身にならず、素早いプレッシャーでミスも誘った。攻撃時はキックでディフェンスラインの裏にボールを落としたり、パントキックを駆使したりするなど、準備したゲームプランを忠実に遂行した。

 田村は短く、言った。「練習してきたゲームプランも、自分たちも疑わない、です」

 勝因のスクラムもそうだ。長谷川慎スクラムコーチの指導通りにやれば必ず、イケるという自信が満ち溢れている。後半、スクラムを立て直した堀江がさらりと説明した。

「8人でまとまって押す。PR(プロップ)には”変に無理やり押しにいくのは止めてくれ”と言った。慎さんがやっている通りにやれば、大丈夫なんだ」

 4年前のW杯では南アフリカに大金星を挙げた次のスコットランド戦には大敗を喫した。でも、今回はアイルランドに金星を挙げても、チームの勢いは変わらなかった。確かに中日が前回は3日、今回は6日との違いはある。でも、チームとしての経験、成長も見える。

 堀江が「(4年前に比べ)時間があったので、しっかり準備できました」と言えば、松島も「今回はしっかりリカバリーができた」と強調した。自覚も増した。4年前と違い、選手たちは飲酒を控え、規律を持ち、コンディション作りに徹した。松島が続ける。

「まあ、飲んでも、せいぜい、ビールを1杯、2杯ぐらい。バカみたいに飲んでいる人はいませんでした」

 選手たちのたゆまぬ努力を間近で見てきたジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)は試合後の会見でこう、漏らした。

「チームを誇りに思う」

 あと1つだ。決勝トーナメント(ベスト8)進出まで、あと1勝である。1次リーグ最後のスコットランド戦(13日・横浜)。因縁の相手だ。負けると勝ち点争いに持ち込まれ、1次リーグ敗退の可能性も生まれる。

 49歳のジョセフHCが子どものような無邪気な笑顔をつくった。

「私たちには素晴らしいチャンスがある。もう、ワクワクしている。1億2500万人多くが私たちを応援してくれているのをすごく誇りに思う。またチャレンジです」

 確かにスコットランドには伝統も意地もあろう。激闘は必至である。でも、今の日本代表には歴史を創造する喜びと力がある。膨らむ期待と重圧を楽しむメンタルの強さもある。ああ、次の決戦が待ち遠しい。