フェンシングには、日本が世界で好成績を残しているフルーレやサーブル、そしてエペの3種目がある。中でも”エペ”は、ポイントが得られる有効面が全身であること、攻撃権は関係なく、先に突いた方がポイントを得られるシンプ…

 フェンシングには、日本が世界で好成績を残しているフルーレやサーブル、そしてエペの3種目がある。中でも”エペ”は、ポイントが得られる有効面が全身であること、攻撃権は関係なく、先に突いた方がポイントを得られるシンプルな種目だ。



自信を持って世界に臨んでいると話す見延和靖

 見延和靖(NEXUS)は、フェンシング発祥のヨーロッパでも最も人気が高いこのエペで、2018~19年にはグランプリ2勝、ワールドカップでも1勝すると、今季世界ランキング1位になった。

 15年11月にワールドカップ・エストニア大会で優勝して以来、様々な”日本人初”を実現してきた見延。世界ランキング1位に関しては「たぶん、僕も含めて誰も想像していなかったんじゃないかと思います。最後にたどり着きたいところだとは思っていましたが、それがちょっと早く来たかなというところです」と笑みを浮かべる。

 現在32歳になり、一般的にはベテランの年齢だが、フェンシングでは世界に出れば30代の選手たちがザラにいる。勝つためには、力や勢いだけではなく技術を成熟させていく必要性も重要な競技だ。

 見延もベテラン選手としての自覚を持って競技に取り組んでいる。

「とくにエペはそういう面があると思います。自分は小柄な分、長く続けていくには運動量の面でなかなか難しいところもありますが、エペに関してはそれを経験値などで補うことができる。この先もまだまだトップでいることは可能だと思うし、世界の強い国はそういうベテラン選手が主軸となっているので、日本がフェンシング大国になっていくためにも、自分がずっと中心でやっていくのが大事かなと思う」

 08年北京五輪に太田雄貴の銀メダル獲得で一般的にも注目されたフェンシングだが、日本では元々、太田がメダルを獲ったフルーレが伝統的に盛んで、選手人口も多い。エペの選手たちも、フルーレをやってその延長線上でエペをやるというスタイルが多かった。

「フルーレが03年からウクライナ人のオレグ・マツェイチュクコーチを招聘してから強くなったように、エペも08年からウクライナ人のオレクサンドル・ゴルバチュクコーチを招聘したのは大きいですね。10年くらい経ってから、ようやく選手側が彼の言っていることを理解できるようになったし、それを理解できるコーチも育ってきたことが結果に結びついてきている。北京五輪に(エペで)出た西田祥吾さんもゴルバチュクの指導を受けていましたが、今はコーチとしてチームに戻ってきているのですごくいい環境になっている」

 こう話す見延が国際大会に出場するようになったのは08年から。当時はゴルバチュクコーチの指導をなかなか理解できず、12年北京五輪出場を逃したのを機に、「日本にいては技術が向上しない」と考えてイタリアへ単身で武者修行に向かった。

「そこで学んだことが本当に新鮮でした。日本でずっと教えられていたこととは真逆なこともあった」

 イタリアで驚いたことのひとつに、試合での足さばきがある。日本は両足を前後に構えてから、動き出す時は前に出ている足から動き出すのが常識で、後ろ足から動き出すのはタブーになっていた。だが、イタリアでは「どちらの足から動き出してもいい」と言われた。

 様々な経験から「正解はひとつではないんだ」ということを学び、日本の技術はフルーレが基本だったため、エペには当てはまらないものもあると気づくことができた。

 見延がフェンシングを始めたのは福井県武生商業高校に入学してからで、各種目1名ずつ6名が出場したリオ五輪では、男女フルーレ以外の男女エペとサーブル代表4人は同校の卒業生が占めた。

 当初は、フルーレとエペの両方をやっていたが、練習でたまに顧問の先生が出かけて不在の時など他の選手を誘ってエペを楽しんでいた。だが、始めて数カ月後の高校総体の県大会で2位になり、自分に合っていると思い始めたのがエペに集中するきっかけだった。

「(フルーレなど)攻撃権がある種目だと、僕が突いているのに負けになったりとか、突かれているのに僕が勝ったりとか、理解できないところもあったんです。それに比べればエペは先に突いた方が勝ちとシンプルだったのでスッキリできた」

 そのエペ男子は現在、世界ランキング1位の見延に続いて21歳の加納虹輝(早稲田大)が5位、25歳の山田優(自衛隊体育学校)が14位、27歳の宇山賢(三菱電機)が20位と他の種目に比べても勢いがある。

「僕自身もワールドカップを回り始めた時に、西田さんがワールドカップでメダルを獲っていると知って、『日本人でもエペでメダルを獲れるんだ』と驚いて、僕も獲ろうという意識になりました。

 それと同じように今若い選手たちには、『日本人でも優勝できるんだ。世界ランキング1位になれるんだ』と刺激になっているから、今のチームの結果があると思います。だから後輩たちには包み隠すことなく教えて、僕が持っているものを共有しようと思っています。それで強くなってくれれば、僕自身まだ若手には負けてないと思うことができる。そういう相乗効果も出ていると思います」

 まだ日本では五輪でメダルを獲ったフルーレのほうが認知度が高い。そのため見延は他の選手たちには、常に「エペは最強だから、その誇りを持とう」と言い続けている。その結果、徐々に他の選手たちもエペとしてのプライドを持ち始めているという。

「今まではフルーレからエペに行く流れが多かったけれど、最近ではエペが好きで最初からエペをやるという選手も増えてきた。日本人が一番勝ちやすいのはフルーレだと思いますが、フェンシングをさらに普及するためには、やっぱりエペでも結果を出していかないといけない」

 東京五輪では、開催国枠として男女合わせて8名分出場枠が与えられるが、各種目の個人戦に最大3名が出場するためには、団体の出場権を自力で取ることが日本にとっては最重要になる。それを狙っているのが、男女フルーレとともに男子エペだ。団体は来年4月4日までに獲得したポイントで、世界ランキング4位以内に入っていれば出場権を得られるが、5位以下は大陸最上位の国だけに与えられる。

 男子エペの場合、日本は現在5位の韓国に1点差の6位につけているが、7位には3点差で中国が控えている状況だ。

「世界選手権は、ベスト16でイスラエルに負けて9位という不甲斐ない結果でしたが、もっと正面からぶつかっていってもよかったという意見も出ました。まだ残り4試合あるし、エペは変わり者の集まりだと思うのでチームにも幅がある。

 ワンマンチームではなく、どこからもポイントを取れる力を持っているので、ランキングは上げていけると思います。チームとしても僕だけが引っ張るというのではなく、その時に、調子がいい選手を軸に置けるし信頼関係もできている。一番金メダルに近いチームもエペかなと思っています」

 自信を持つ見延だが、個人でも金メダルを意識している。最近は世界でも若い選手がどんどん出てきて表彰台に上がってきているが、優勝となると、なかなか届かない状況だ。ただ、最終的には金メダルの重みを知っている選手の方が強いはずだ。

「その意味では、僕は優勝を何度も経験しているので、準決勝に入る前の控室ではもう心理戦が始まっていますが、そういうところで優位に立てているのも結果を出せている要因。ちょっとずつ王者の風格のようなものも出せているのかなと思います」

 見延は自信を持って東京五輪の出場枠獲得レースに臨んでいる。