今でこそ時流を捉えたSUV系モデルの増殖(?)もあって、おびただしい数のモデルが揃うBMW。しかし1981年に100%本社出資の日本法人(の先駆でもあった)BMWジャパン(現ビー・エム・ダブリュー株式会社)が設立された頃は、まさに“小・中・大”、『3』『5』『7』の各セダンにクーペの『6』と、精鋭のラインアップで完結していた。

そのなかでやはりもっとも身近で、今も不動の人気を集めるのが『3シリーズ』だ。“E21”と呼ばれる初代(1975年)は、コンパクトでスポーティなセダンとして、マニアから支持を集めた“マルニ”の後を受け'75年に登場したのが最初。

日本では、ちょうどそれまでの輸入元だったバルコムトレイディングからBMWジャパンにバトンタッチされる時期のモデルでもあり、写真でもご紹介しているカタログには、バルコム時代の3つ折りのリーフレットと、本国仕様の写真をベースに作られた厚口のものとがある。

カタログの表紙にもあるとおり当初の日本仕様は「318i」と「318iA」の2グレード構成で、いずれも100ps/13.8kg・m(DIN)を発揮する1766cc(1.8リットル)の4気筒を搭載。“i”が閉めるとおりボッシュKジェトロニックのインジェクション仕様で、“A”はそのAT版(3速!)だった。

◆その後のBMW車の文法となったインパネ

全長×全幅×全高=4355×1610×1385mm、ホイールベース2580mmで、車両重量は1085~1095kg、最小回転半径は現在の日本の軽自動車並みの5.2mと、非常にコンパクトなボディサイズが今見ると非常に魅力的に映る。

丸型4灯のヘッドランプ(本国仕様の“316”“318”は本来、丸2灯だった)とキドニーグリルをもつフロントマスクはまだ逆スラントのデザインで、水平基調のボディにクリーンなガラスエリアをもつキャビンの組み合わせは実にシンプル。そんなコンパクトなボディをしっかりと支えるワイドトレッドとが織りなす、当時の日本車にはない独特の安定感は、いかにもドイツ車の雰囲気だった。

空調ダイヤルのパネルをドライバー側に向けドライバー中心の自然なリーチを確保したインパネのデザインは、その後のBMW車の文法となったもの。くっきりと見やすい正面の2眼メーターも特徴的だった。トランクは内側が鉄板がそのままだったが、奥行き、深さともたっぷりとしており、ヨーロッパ製実用車の使い勝手のよさを教えてくれるものだった。

◆日本で確固たるポジションを確立した

モデルライフ中にはコンパクトな6気筒エンジンも搭載され、元来の軽快さに上質感のある走りがプラスされた。筆者は2.3リットルの6気筒を搭載する「323i」(並行輸入車だった)に試乗した時の印象が今でも鮮烈だが、息の長い加速が実にスムースなもので、軽快でありながらしっとりとした乗り味の足回り(前ストラット/後セミトレーリングアーム)の、国産コンパクトセダンとはひと味もふた味も違う安心感を、都心から抜け出し第三京浜を走りながら実感したことを思い出す。

『3シリーズ』は、2代目の「E30」が日本でも爆発的な人気を集め、筆者は決して好ましいとは思えない表現だったが“六本木カローラ”などと言われるほど街で見かけるクルマになった。4ドアやワゴンのツーリング、カブリオレなどが設定されたのもこの世代で、高性能モデルの初代『M3』も設定された。さらに3世代目の“E36”以降、『3シリーズ』が日本市場の輸入車のなかで人気のメイクとして確固たるポジションを確立してきたのはご承知のとおりだ。

とはいえ、何はともあれ初代モデルが世に出たからこそ、その道筋ができた訳で、初代の控えめでコンパクトな姿は忘れえぬ1台であり、機会があればまた乗ってみたいと思うクルマの1台だ。