永井秀樹 ヴェルディ再建への道
トップチーム監督編(4)

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旧知の仲である藤吉信次(左)と永井秀樹(右)は、現在指導者としてともに戦っている

26年前は選手として、
今は指導者として支え合う

 今シーズン途中で急遽、トップチーム監督に就任した永井秀樹。課題は山積で日々試行錯誤の連続だが、J1昇格、そしてその先のヴェルディをつくるために思いをひとつにし、支えてくれる仲間がいる。中学時代からの親友で、ヴェルディ黄金期をともに過ごしたヘッドコーチの藤吉信次は、永井にとっては最大の心の拠り所になっている。

 今回は、「ヴェルディ再建」に奔走している永井を取り巻くひとりとして、ともに戦う藤吉に話を聞いた。

「まずは、永井のやりたいサッカーを自分も理解しなければいけない。気を遣うこともないので、疑問に思ったことや聞きたいことはすぐ確認します。永井が集中してチーム作りができる環境を作ることが、自分の仕事。永井が何を求めているのかを理解して、それをまわりに伝えていきたいと考えています」

 練習でも試合でも、監督である永井の隣にはいつも、藤吉がいた。サッカーの現場では「監督」、「ヘッドコーチ」ではなく「永井」、「藤吉」と呼び合い、プライベートでは昔から親しみを込めて「永井さん」、「藤吉さん」と呼び合う。目線を同じくして話すその姿からも強い絆が垣間見えた。

 永井は藤吉について、「藤吉がいなければ、今回の監督就任はさらに困難な挑戦になっていたと思う。藤吉は3年間、トップチームのコーチとしてヴェルディの選手だけでなく、相手チームのことも見て分析してきている。なおかつ10代の頃からの大親友。本当に心強い」と話す。

 試合の緊迫した場面でも、助言を求めれば冷静に意見をしてもらえることで、永井はより覚悟を決めてカードを切ることができている。

 Jリーグが開幕した1993年当時、ふたりは20歳そこそこの若者だった。当時サッカーは純粋にスポーツとして普及していたというよりも、流行りのエンターテインメントという側面も強く、いわゆる「Jリーガー」はタレントのようにも取り上げられた。

 なかでもレギュラーの大半が日本代表経験者で、スター選手が揃っていたヴェルディの人気は別格だった。永井は、アイドルばりの甘いルックスで黄色い声援を浴び、藤吉は、お笑い路線でバラエティ番組にも出演するなどし、全国区の有名人だった。

 あれから26年経った、令和元年--。

 50代という年齢も近づきつつあるが、昔と変わらず、ふたりはいまもよみうりランド隣にあるヴェルディのクラブハウスが職場だ。

「気心知れた友と、指導者としても一緒に仕事ができることは、本当に幸せ。なかなか実現しないことですから」と藤吉。

 東京のサッカーどころ、町田市出身の藤吉は中学から読売クラブで過ごし、そのままトップチームに昇格した、いわば「生粋の読売っ子」である。高校まで九州で過ごした永井とは遠く離れているので、本来ならば出会わないふたりだが、中学の頃から世代別の日本代表で一緒になることが多く、馬が合った。お互いドリブラーで、肉体的な能力よりもテクニックで勝負するタイプだったこともあったのかもしれない。

 また、子供の頃から読売クラブに憧れて育った永井にしてみれば、藤吉は親友であると同時に、羨望の眼差しを向ける存在でもあった。昔からライバルというよりは良き友で、「いつか同じチームでサッカーがしたい」と願うようになった。

 ふたりの願いは1992年、永井が大学を中退し読売クラブに入ったことで叶った。以後ふたりはヴェルディ黄金期を一緒に支えた。

 そして、ともにヴェルディを離れ、さまざまなクラブに所属したのち、30代半ばになった2005年に、当時地域リーグ所属だったFC琉球で再会を果たした。

 Jリーグを主戦場に活躍してきたふたりにとっては、決して華やかな舞台とは言えなかったが、サッカー人としては忘れ得ぬ貴重な時間となった。

「沖縄時代はめちゃめちゃ楽しかった。サッカーって、なんだかんだ言っても、仲のいい相手にパスを出したいし、受けたいものです。仲のいい相手のパスなら、少しずれても頑張って受けるしミスにさせない。永井がパスを出す立場で、もしフォワードがふたりいてそのひとりが自分ならば、自分に出してくれる(笑)。沖縄で永井と一緒にサッカーをした時間はすごく楽しかったし、幸せを感じました」

 2015シーズン、藤吉は指導者(ユース監督)として19年ぶりにヴェルディに復帰した。前シーズン、一足早くヴェルディに復帰した永井はまだ現役だった。そして今シーズン、永井が監督に緊急就任したことで、ふたりは初めて、揃って指導者という立場で戦うことになった。

 新体制から2カ月あまり。藤吉は「監督・永井」をどう見ているのか。

「高い理想があって、それに対して妥協しない。永井は、読売クラブの時代から受け継いできた良さや志と、いまのヴェルディ、アカデミーが取り組んできたいいところを融合して、『新しいヴェルディ』を作りたいと考えている。それは自分も同じですし、永井が話すように、本気で世界を舞台に戦える、独自のスタイルが出来たらいいなと思います」

 スタッフ同士のコミュニケーションについてはどうなのか。

「コーチ、スタッフに対しては、例えば相手の分析で、攻撃は自分、守備は菅原智(コーチ)、セットプレー対策は沖ちゃん(沖田政夫GKコーチ)といった具合に、信頼して任せています。情報はみんなで共有して話し合い、その上で、最後は監督の永井が決断します。本当に信用しているのか、本心で話しているのかどうかは、人ってわかりますよね。そのあたり、永井は裏表がないので、ひとつになれていると思います」

 選手とのコミュニケーションについても、藤吉はとくに心配はしていない。

「選手には普段から、『試合に出られないことは恥でも何でもない。試合に出た時、チームのためにやるべきことができない、力を発揮できないことが恥だよ』と話していますね。試合に出場している選手、出場していない選手に関係なく全員に声をかけてコミュニケーションを取っています。そのあたりは自分がフォローしなくても大丈夫かなという気がしています」

 メンバー入りしていない選手にも、永井は「その時」に備えて準備しておくことの大切さを伝えている。それは「全員が戦力。試合に出ていなくても、選手全員をしっかり見ている」というメッセージが込められていると藤吉は捉えていた。

「(山本)理仁なんかは、いまではすっかり中心選手になった。永井が監督になる前は、試合に出られるかどうか、という感じでした。永井が目指すサッカーは、高い技術と同時に、高い理解力が要求される。理解という意味では、ユースで指導を受けてきた選手のほうが有利かもしれない。でも、メンバーから外れた選手でも『準備を怠らなければ、チャンスは巡ってくる』と思えるのが、いまのヴェルディです」

 実際、永井就任前は起用されてこなかった選手の出場機会が増えただけでなく、一度レギュラーから外れた選手でも、再びチャンスが巡ってくる機会が増えている。

「過去の実績は関係ない。ベテランも若手も横一線で、選ぶのは自分が見て良いと思った選手。戦術理解の高い選手、チームに貢献できる選手をメンバーに選ぶ」という永井の方針は、いい緊張感と競争意識、そして控え選手も含めた活性化に繋がっていると藤吉は見ている。

 最後に、高校から緑のユニフォームを着て、永井と同様に、内側だけでなく外側からもこのクラブを見てきた藤吉に、「ヴェルディ再建」というテーマについて聞いてみた。

「正直、何をもってヴェルディの再建になるかはわからない。いろいろな要素があるので。でも、とにかく関わるすべての人が、ヴェルディのために必死に努力していけば、光は必ず見えてくる。自分としては、クラブを離れた選手がまた戻って来られるようにしたい。すぐに何かが変わるわけではないけれど、ヴェルディを好きな者が、ヴェルディのために何ができるかを考えて、必死にやるしかない。こんなにクラブ愛の強い仲間がいるクラブは、他にはないと思っているので」

 19年という長い歳月を経て古巣に戻ってきた藤吉。早期のJ1復帰と将来を見据えた育成という、対極にある課題と向き合う親友永井を、藤吉は誰よりも間近で見守り、現役時代と変わらない明るいキャラクターで盛り上げ、支え続けている。