文=丸山素行 写真=バスケット・カウント編集部、FIBA.com、B.LEAGUE

今夏に中国で開催されたワールドカップにおいて、フリオ・ラマスが率いる日本代表とは別に日本を代表してコートに立った男がいる。日本初のJBA公認プロレフェリー、加藤誉樹だ。これまでも多くの国際大会を担当していたが、今回のワールドカップでは世界から選抜された56人に入り、7試合を担当。『もう一人の日本代表』となった加藤にワールドカップでの経験を聞いた。

ワールドカップで7試合、アメリカ戦も担当

──世界中が注目するワールドカップに、審判の『日本代表』として参加しました。ワールドカップの審判を担当するにあたって、どのような準備があったのでしょうか。

大会の3カ月ぐらい前に、FIBAからワールドカップの審判に指名するという文書が送られてきました。「この日はこのトレーニングをやりなさい」というフィジカルトレーニングのメニューが3カ月分送られてきて、GPSが付いた時計で管理されます。実際にこのトレーニングをやったら、こういうタイミングで10分後に心拍数がこれぐらい上がり、この心拍数の波が何回繰り返される、というデータが共有される状態で3カ月を過ごしました。この時計はFIBAの本大会に呼ばれるようなレフェリーに支給されるもので、私は2年ぐらいずっと同じ時計を使っています。

通常は現地に着いて、最初の1週間の間に20mシャトルランのテストがあるんです。今回は事前にきっちりコントロールされていて、だいたい1カ月に1回ぐらいのペースで実際に個人でシャトルランをするメニューが組まれていたので、現地では体力テストは行われませんでした。

──それでは実際にワールドカップに乗り込んでの、試合の準備について聞かせてください。

基本的には、各試合の担当については予選から決勝まで例外なく前日の夜に割り当てが発表されます。前日の夜に次の日の審判を任せますという形で各自に送られてきて、そこからスカウティングをします。最初の方の対戦カードは決まっているので、研修中も含めて、そのスカウティングは1週間前くらいからやっていました。

──中国のあちこちで試合が行われたので、移動も大変だったのでは?

そうなんです。私は最初に武漢で6日間過ごして仏山を担当し、その後は上海に飛びました。8会場でやっていたので、移動はかなりタフでしたね。そもそも武漢に行く前に1週間の研修があったので、北京から武漢に飛んで、仏山、上海、上海から北京に戻って日本に帰って来ました。

審判をする時は「安定して緊張しています」

──その大変な移動を経て、ようやく試合となります。以前、どんな試合でも「良い意味で緊張する」と話していましたが、ワールドカップという全世界が注目する大会でもそこは変わらなかったですか?

正直、あまり変わらないですね。覚えてくださっていた通り、Bリーグでも違う国内の試合を担当する時でも同じように緊張するという感じです。大舞台だからいつも以上に緊張することはないですし、リラックスすることもなかったです。そういう意味では安定して緊張しています。

審判としてできることや勉強してきたこと、普段やっていることは、海外のコートに立っても全く同じです。いつも通りのパフォーマンスができる状況は自分で整えられます。もちろん試合内容は変わりますが、私たちがやる仕事や考え方の部分はどんな試合でも基本的に一緒です。

──元プレーヤーの加藤さんにとって、NBA選手へのあこがれはゼロではないと思います。アメリカ代表の試合もいつも通りのメンタルで臨めましたか?

「小さい頃からテレビで見ていた選手だ」とか「スーパースターだ」という感情がないと言えば嘘になります。でも、名前が知られていない選手もコートに立ったら同じ選手ですし、そこは審判のプロとして同じように見ることを心掛けています。公平性が大事なので。

──今回ワールドカップの審判を務めてみて、やりやすかったことであったり、想定外だったことはありましたか?

何か変化があったかなと思うと、普段通り仕事をしているし、ほとんどなかったですね。基本は英語なので日本語が使えないという違いはもちろんありますけど、それが障害になってコミュニケーションが取れないということもありませんでした。

そういう意味で国際大会では、自分と違う文化や環境で生活しているレフェリーとどうやって円滑に協力していくか、コミュニケーションを取っていくかが大事になります。バスケットボールではAチームとBチームで試合をしますが、審判はCチームであるとよく言われます。国も文化もバックグラウンドも違いますけど、私たちは3人の審判で一つのチームなんです。

「2人の協力がなければ上手く終わることはない」

──審判は批判されることはあっても、褒められることは少ないですよね。以前、試合が無事に終了することに達成感があると話していましたが、ワールドカップでの大役を成し遂げた達成感は格別だったのではないでしょうか?

国籍や境遇の違う審判と協力して、特にワールドカップのような試合をしっかり終わらせた時の充実感はすごいです。試合後、ロッカールームに戻って「ありがとう!」ってハグしました。もちろん完璧な試合というのはなかなかないので、終わった試合は必ず振り返ります。それでも、3人で成し遂げた時の充実感はやはりひとしおで、難しい笛が吹けた瞬間よりもそこですね。

──選手であればブザービーターのような自分の好プレーに酔うこともあると思います。加藤さんの場合、「我ながらこの笛を良く吹けたな」とかは考えないんですね?

ないですね、2人のパートナーの協力がなければこの仕事は絶対に上手く終らないので。

──そういう意味では主審と副審の差はありませんか? 副審よりも主審の判断が優先されるスポーツもあると思いますが。

違いは試合開始のトスアップをクルーチーフが上げるということだけですね。クルーチーフだからといって誰かが下した判定を取り消すこともないですし、コートに立ったら3人のレフェリーが同じ権限を持ちます。3人で試合を担当するので、1人33%ずつ。トスアップを上げる分、クルーチーフが34%と私は冗談半分で言います。

2人が吹いたから説得力があるとか、1人だから説得力がないという話ではありません。近いからこそ見えない時もあり、その時に絶妙な角度で見てくれる審判が遠くから吹いてくれたりして、こちらとしてはありがたいと。近くの審判が吹かなくて、遠くの審判が吹くことがあるのはそういう理由なんです。

──1%の違いがトスアップというのは面白いですし、優劣がないのは驚きでした。

クルーチーフじゃない2人もクルーチーフのメンタリティを持つべきなんです。そのメンタルで何か自分しか解決できないことがあったら飛び込んでいかないといけないし、何か自分しか知り得ていない情報があったら、その状況をリードしてゲームを良い方向に進めていく。2人目でも3人目であっても、やらないといけないのがバスケットの審判なんです。

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