著者プロフィール 深川峻太郎(ふかがわ・しゅんたろう)ライター。1964年生まれ。2002年に『キャプテン翼勝利学』でデビューし、月刊『サッカーズ』で連載コラム「お茶の間にルーズボール」を執筆。中学生の読者から「中身カラッポだけどサイコー」…
「中入り後の第3ピリオド」の光景にニタニタ
いやはや、まさかリオ五輪の真っ最中に東京でこんなに面白いスポーツイベントが見られるとは思わなかった。8月16日に両国国技館で行われた、男子日本代表対ジョージ・ワシントン大学の第2戦である。
それまでアカツキ女子の大奮闘にテレビの前で萌え萌え状態だった私は、正直なところ、最初はあまり気乗りがしなかった。え? 男子? オリンピック出られなかったんでしょ? そんで、なに、代表が大学生と試合すんの? みんなリオでメダル争いしてるときに? えー、意味よくわかんなーい。……にわか力、全開バリバリである。
とはいえ、五輪の最中にこれを見に行くのは、よほどのバスケ好きだけだろう。私のようなにわかファンにとっては、ちょっと背伸び感があって悪くない。なんか玄人筋っぽいじゃないですか。中学の同級生がみんなキッスとかベイシティ・ローラーズとかで盛り上がってたときに、ひとりでピンク・フロイド聴いてたみたいな感じ?
それに、いざ両国国技館に入ってみると、見たことのない光景にニタニタしてしまった。知らなかったが、国技館は相撲をやっていなくてもいつもと同じである。場内を取り囲む優勝力士のでっかい写真も、力士名を並べた取組表(真ん中に赤字で「中入」とか書いてあるやつ)も、本場所のまま。ところが中央には土俵ではなくバスケのコートがあるのだから、何とも異世界だ。
「これはもしかして、吊り屋根がアレになるのでは……」
私がそれを期待したのも無理はないだろう。なにしろにわかなので「アレ」を何と呼ぶのかよく知らないんだが、吊り屋根が下りてきて、バスケ特有の天井吊り下げ型スコアボードに変身したら画期的じゃん!
KONISHIKIによる『星条旗』と小錦八十吉による『君が代』
しかし、残念ながらそれは実現しなかった。さすがに国技館では許されないのかもしれないので、2020年のバスケ会場は全体を和風仕立ての体育館にして、世界初の「吊り屋根ビジョン」をお願いしたいっす。あと、国技館をホームにするクラブチームはないんですかね? あそこ、バスケ向きだと思うけどなぁ。「両国テッポーズ」とか誕生したら、ファンになって国技館に通うっす。どすこい。
それはともかく、さらにうれしかったのは試合前の国歌だ。独唱は、「星条旗」も「君が代」も小錦八十吉。見事な人選だ。マゲヅラをかぶって出てきたときはコミカルな雰囲気になったものの、無伴奏で真剣勝負の絶唱である。「二つの祖国」への深い思いを込めた素晴らしい歌声に、場内は割れんばかりの大拍手に包まれた。あれを聴けただけでも行った甲斐がある。そう思えるぐらいのパフォーマンスだった。
で、ハワイから日本の相撲界に飛び込んだ小錦とは逆に、日本からアメリカのバスケ界に飛び込んだのが、この日の主役、ジョージ・ワシントン大学の渡邊雄太である。初めてその姿を見た瞬間に、強い衝撃を受けた。私が彼について最初に取材メモに書き込んだ言葉はコレだ。
「ワタナベ、顔ちっさ!」
あれ、たぶん、9頭身か10頭身ぐらいあるよね? 一体どうやったら、あんなに顔の小さい日本人が出来上がるのか。小錦を見た後だから、余計に渡邊が長細く見えたのかもしれない。まるで人類の両極端を見せられたような気分だった。いや、小錦も体と比較したら相対的に顔ちっさいですけども。
爽やかに吹き抜ける春風のような「生ダンク」は漫画と違った
試合では、その渡邊が私に初体験をもたらしてくれた。「生ダンク」である。初めてバスケを生観戦したNBLファイナルでも、前回の女子代表の強化試合でも、ダンクシュートは一本も見られなかった。やはりダンクはバスケの華だから、これは寂しい。それを、第2ピリオドの序盤に渡邊がやってくれた。いわば私は、「ダンク・バージン」を雄太クンに奪われたのである。
しかもそれは、私が想像していたダンクとは違った。『スラムダンク』の赤木が見せるような、強引で、汗臭い、ゴリゴリした、パワフルなダンクではない。雄太クンのダンクは、なんというか、やさしく、テクニカル&エレガントで、スピーディ&スムーズだった。爽やかに吹き抜ける春風のようなダンク。私がゴールだったら、ダンクをブチ込まれたとは気づかなかったかもしれない。もう、雄太クンたら、初体験なのにウットリさせるんだから~。何を言ってるんだおれは大丈夫なのかこんなこと書いてて。
渡邊はダンク以外にも、華麗なスリー、味方への鋭いパス、矢のような速攻、長い手足を目一杯に伸ばしたクモの巣のようなディフェンスなど、私をキャーキャー言わせるに十分なプレーを次々と見せた。そのままバスケ漫画の主人公になれそうなカッコ良さ。聞くところによると、試合中のどんな瞬間でも「ヘン顔」にならないので、編集者が写真を選ぶときに苦労しないそうだ。
このスター性満点の選手がBリーグで見られないのは、いささかもったいない気もする。大学を出た後は、どうするのかしら。小錦のように、アメリカが「第2の祖国」になったりするのかしら。わからないけれど、4年後に日本代表のエースとして戦っていることは間違いないだろう。吊り屋根ビジョンの下で彼のダンクが次々と決まる日が待ち遠しい。あ、えーっと、試合は71-77で大学生が勝ちました。雄太クンのゴールをこっちに加算したら日本の勝ちだが、そういうわけにもいかない。がんばれよアカツキ男子。
にわかファン時評「彼方からのエアボール」第1回:最初で最後のNBL観戦第2回:バスケは背比べではなかった第3回:小錦八十吉と渡辺雄太
マッチレポート 日本71-77ジョージ・ワシントン大(7月16日 両国国技館)攻守に積極性を増した男子日本代表だが、渡邊雄太を擁するジョージ・ワシントン大学に連敗を喫す