9月30日、横浜市内のホテル。数十人の報道陣の熱気が、一室を満たしていた。「すごっ」 用意された部屋に入ってきた髙橋大輔(33歳)は、思わず声を出すほどだった。目を丸くし、鼻をこすり、照れくさそうな表情を浮かべる。その様子に、カメラのフラ…

 9月30日、横浜市内のホテル。数十人の報道陣の熱気が、一室を満たしていた。

「すごっ」

 用意された部屋に入ってきた髙橋大輔(33歳)は、思わず声を出すほどだった。目を丸くし、鼻をこすり、照れくさそうな表情を浮かべる。その様子に、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。



アイスダンスに挑戦する髙橋大輔

 フィギュアスケート男子シングルで昨年、現役復帰した髙橋は、村元哉中(26歳)とのアイスダンス、カップル結成を発表している。今年7月、新潟でトライアウトを行ない、二人は決意を固めたという。シングルは、今年12月に行われる全日本選手権が最後。アイスダンスは来年1月から始動し、目標は2022年北京五輪だ。

「できるだけ長く、スケートで表現がしたい、と自分は思っています。『氷艶』など舞台もやらせてもらって、まだまだスケートの可能性があると感じました。そのためには、”人と組む”という必要性(大切さ)も感じて」

 髙橋は朗らかな声音で、その思いを口にした。

 はたして、彼はどこに行きつこうとしているのか。

 かつてマイナー競技だったフィギュアスケート男子を、髙橋は人気競技に定着させている。2010年バンクーバー五輪の銅メダルや同年の世界選手権優勝など記録はすばらしいが、それ以上に、ファンを獲得し、普及させた功績は大きい。そして昨年は4年ぶりの現役復帰を果たすと、全日本選手権で2位になって、再び限界を突破する姿を示した。

「アイスダンスを、もっと知りたいと思いました。スケートの広がりが感じられるはずで」

 髙橋は転向の理由をそう説明した。

「今の自分は、(スケートに関して)”競技者か”“プロか”、その境をなくしています。どっちか、というのはありません。もちろんオリンピックに出るには、形としては競技者になりますし、勝たないと注目してもらえない、とも思っていますが」

 スケートを追求する中、一つの答えだった。昨年8月、村元は平昌五輪で日本勢最高タイの15位になったクリス・リードとのカップルを解消。タイミングも合ったのだろう。

「自分の人生を振り返ると、決断した、というのはあまりない。導かれるようなところがあって。とにかく、スケートを滑り続けたい」

 髙橋は言うが、そこに彼の芯がある。

 シングルからアイスダンスへの転向で、課題となる点は山ほどあるだろう。そもそも、スケート靴が違う。リフトという一方を持ち上げる技術・筋力も欠かせない。また、至近距離で滑ることになり、お互いの癖を理解し、調和するのは至難の業だ。

「(課題は)ほとんど全部」

 髙橋はそう言って笑みを浮かべた。無邪気さが滲む。難関も含め、心からスケートを楽しめるのだ。

 カップルを組んだ村元が、その決め手となった言葉をこう語っている。

「(初めて髙橋がアイスダンスをして)楽しい、難しい、どっちに転ぶかだと思ったんですが。『楽しい』っていう一言が聞けたのがうれしかったですね。難しい、だけだったら、どうかなって思っていたので。(髙橋)大ちゃんの『楽しい』という言葉が、すごく印象に残っています」


アイスダンスのカップル結成を発表した、髙橋大輔(右)と村元哉中(左)

 photo by kyodo news

 明朗闊達に、スケートを楽しめる。それが髙橋だ。

 最近の髙橋は、ダンスそのものへの興味も深めていた。今シーズン、シングルのショート曲に選んだのも、ロックナンバー「The Phoenix」。アップテンポで、激しく踊りまくる。振り付けは、ビヨンセのコレオグラファーとして知られるシェリル・ムラカミだ。

「想像以上に激しくて、いい意味で後悔しています」

 髙橋はそう言って苦笑いだったが、悲観的ではなかった。最近したインタビューで、彼はこうも洩らしていた。

「スケートは”表現”するというより”ダンス”というか、”音を表現すること”だなと感じています」

 それはたどり着いた一つの境地と言えるだろう。『氷艶』という舞台も経験し、表現者として見えた風景があった。音そのものを表現したい衝動にかられた。その点、調和することで音に命を与えられるアイスダンスに挑むことは、必然だったかもしれない。

「(この機会にアイスダンスを)知ってくださる方が増えればいいなぁと思っています」

 髙橋は言う。

「まだやっていないので、何も言えませんが、(自分がアイスダンスをすることで)いい影響があればいいですね。世界では、もともとカップルでやっている選手もたくさんいる。日本でも、盛んになればなと思います。団体戦もあるので、カップル競技が勢いづくことにもなりそうですし。少しでも(盛り上がる)きっかけになれたらと思っています」

 彼はアイスダンスの発展にも寄与するだろう。たった一日で、どれだけの人がこの競技を認識したか。パイオニアの面目躍如だ。

 では、どんなアイスダンスを思い描いているのか?

「パッション系のアイスダンスですかね、情熱的というか。二人とも、濃い目の顔なんで(笑)。でも、いろんな世界観を出せるカップルになりたいです!」

 拠点はアメリカ、フロリダになる。