いわばリスペクトである。ラグビーの価値のひとつだ。ラグビーワールドカップ(W杯)1次リーグの好カード、ウェールズ代表対オーストラリア代表。試合後、両チームとも、スタンドの前に一列に並んで、深々と頭を下げた。試合後に観客に向かっておじぎをす…

 いわばリスペクトである。ラグビーの価値のひとつだ。ラグビーワールドカップ(W杯)1次リーグの好カード、ウェールズ代表対オーストラリア代表。試合後、両チームとも、スタンドの前に一列に並んで、深々と頭を下げた。



試合後に観客に向かっておじぎをするウエールズの選手たち

 開幕戦のロシアから、各チームに広がる日本ならではの「おじぎ」だった。9月29日。ほぼ満員の約4万8千人で埋まった東京スタジアムのスタンドから拍手が送られる。いい風景だった。

 試合は、「レッドドラゴンズ」の異名をとる赤いジャージのウェールズが、ゴールドのジャージの「ワラビーズ」(豪州代表の愛称)を、29-25で退けた。敗れはしたが、神戸製鋼でのプレー経験を持つ豪州のWTB(ウイング)、アダム・アシュリークーパーは、おじぎは「感謝の気持ちから」と説明してくれた。「日本の文化やラグビーの文化を尊重する気持ちからチームで始めたんです」。

 ラグビーはいい。とくにラグビーW杯は。世界のトップレベルのチーム同士がベストな布陣をそろえ、国・協会の威信をかけて、全力でぶつかる。

 スタンドでは、国歌などのアンセム(曲)が流れ、歌声で大きく揺れる。この日の試合前は、ウェールズの『ランド・オブ・マイ・ファーザーズ』、試合中には豪州の応援歌の『ワルツィング・マチルダ』も。 

 そういえば、試合前、スタジアムの最寄り駅、飛田給駅までの京王線の電車はどれも、赤いジャージのファンとゴールドジャージの外国人ファンで満員だった。車内では歌も飛び出す。もうお祭り騒ぎだ。飛田給駅に着くと、イキな車内放送が流れた。

「エンジョイ・ラグビー!」

W杯は盛り上がっている。連日、どのスタジアムもほぼ満杯となっている。日本代表が優勝候補のアイルランド代表に金星を挙げたのも、ブームに弾みをつけた。豪州を倒した後、ウェールズのウォーレン・ガットランドHC(ヘッドコーチ)は記者会見で言った。

「日本の勝利は、ワールドカップの大会にとっても、すばらしいことです。(開催地の)日本が決勝トーナメントにいく可能性が高まったことは、さらに盛り上がりにプラスになるでしょう。また日本のラグビーが今後、発展していくためにも、大きな勝利だったと思います」

 ひと呼吸おき、笑って言葉を足した。

「もちろん、自分たちのチームがそういったアップセット(番狂わせ)には関わりたくないのは確かです」

 試合そのものは、ラグビーの醍醐味が詰まっていた。開始わずか35秒。ウェールズのSO(スタンドオフ)ダン・ビガーが、相手の意表をつくドロップゴールを蹴り込んだ。キャップ(国別対抗戦出場数)をなんと「130」の大台に乗せた34歳の主将、ロックのアラン・ウィン・ジョーンズは振り返った。

「早い段階で機会があれば、得点したかった。できれば、1分、2分で。うまくドロップゴールを決めてくれた。勝利が重要な試合。序盤から、しっかりと得点を重ねていきたかった」

 ウェールズは、オープンへの絶妙なキックパスから187cmのCTB(センター)のハドリー・パークスが好捕してトライを加えた。豪州もオープンへのキックパスでトライを返し、前半終了間際、ウェールズのSH(スクラムハーフ)ガレス・デービスが相手の長いパスをインターセプトし、約60mを走り切ってトライした。

 後半は一転、豪州が反撃したが、ウェールズが逃げ切った。両チームとも、個々のフィジカル、スピード、パススキル、判断のはやさが優れている。コンタクトの激しさ、球際の厳しさにも驚かされる。凄まじいコンタクトプレーでは、ハイタックルか、エルボー(肘うち)の反則か、あるいはショルダー(肩)チャージか。そのレフリング(判定)が両チームの物議をかもした。

 ガットランドHCは「レフリーの批判には関わりたくないです」と漏らし、満足そうな顔で試合を振り返った。

「オーストラリアとウェールズの典型的なクラッシュでした。でも、自分たちのチームの選手は冷静さを維持してくれました。勝ちはもちろん、うれしいです。今夜は勝利を祝って、お互い肩をたたき合って喜びたいですね。そして自信を持って、次の試合(フィジー戦/10月9日)に向かっていきたい」

 ウェールズは「ラグビー強国」の伝統を持ちながら、W杯の最高成績は1987年の第1回大会(豪州・ニュージーランド)の3位止まりとなっている。ことしは欧州6カ国対抗を全勝優勝し、このW杯でも優勝候補に挙げられている。

 これでウェールズは2連勝の勝ち点9とし、1次リーグD組のトップとなった。目指すはもちろん、初のW杯制覇である。ジョーンズ主将は静かな口調でこう、話した。

「このスペシャルな時間をチームメイトとわかち合えてうれしい。ただ、これからも危険なチームと対戦していきます。しっかりと準備していきたい」

 各チームの闘志がW杯をさらに熱くする。選手の闘いを、ファンが後押しする。互いをリスペクトし、これに開催地の日本の文化が彩りを添える。ピッチで熱闘がつづき、スタジアムが沸騰するのである。