握手のために、日比野菜緒がネット越しに差し出した手を、土居美咲はすりぬけ、代わりに伸ばした腕で日比野の肩を抱き寄せた――。 9月9日から15日にかけて、広島市で開催された「花キューピットオープン」。そのWTAツアー大会で、日比野と土居…

 握手のために、日比野菜緒がネット越しに差し出した手を、土居美咲はすりぬけ、代わりに伸ばした腕で日比野の肩を抱き寄せた――。

 9月9日から15日にかけて、広島市で開催された「花キューピットオープン」。そのWTAツアー大会で、日比野と土居はシングルス決勝で対戦した。

 勝者は、土居を姉のように慕う日比野。さらにこのふたりは、同大会のダブルス優勝ペアであり、翌週に大阪で開催された東レ・パンパシフィックオープンのベスト4進出ペアでもある。



東レでも息の合ったプレーを見せた土居美咲(左)と日比野菜緒(右)

 年齢では3歳半の隔たりがある両者だが、ふたりのキャリアの足跡は並走と交錯を繰り返し、似た成長曲線を描いてきた。

 ツアー初優勝は、ともに2015年の末。日比野がタシュケント・オープンで優勝したその1カ月後に、土居もルクセンブルグでトロフィーを掲げた。翌2016年には、揃って各々のキャリア最高ランキングに到達。日本代表として、リオデジャネイロ・オリンピックにも出場している。

 そこから険路を歩んだのも、ふたりに共通する足取りだ。2017年シーズンは望むような結果が得られず、2018年にはランキングも100位圏外へ。グランドスラム本戦やWTAツアーに出られぬ日々のなかで、ともに「テニスを続けるのが苦しい……」との言葉も漏らすようになっていた。

 わけても一層もがき苦しんだのが、300位台までランキングを落とした土居だ。敗戦が続いた昨年序盤には、「コートに向かうのが怖い」と感じるまでになったと言う。

 それは単に、敗れることへの恐れではない。

「試合になっていない。これではプロとして、コートに立つべきではないのでは?」という、自尊心や責任感との葛藤。

 あるいは、「ぐっちゃぐちゃで、自分でも何をしたかったのか、わからないままに負ける」という、自身と向き合うことへの恐怖心。

 それらの感情が臨界点に達した昨年4月頃には、両親や親しい人たちに、「辞めるつもりだ」と打ち明けた。そんな土居の胸中を風の便りで耳にした日比野は、思わず涙したという。

 その日比野もまた、頃を同じくしてランキングとモチベーションを下げ、7月上旬のウインブルドンは大会そのものの出場を見合わせる。この頃のふたりは、ともにテニスから少し距離を置き、自身と向き合いながら答えを手探りで模索していた。

 苦闘を続ける両者の転機は、昨年8月にカナダ・バンクーバーで訪れる。

 ツアーの下部大会開幕よりひと足早く現地入りしたふたりは、ホームステイ先をシェアし、大自然のなかでのハイキングやバーベキューなどを堪能した。そうして心身ともにリフレッシュし迎えた大会で、日比野はベスト4へと勝ち上がり、土居は予選の戦いから頂点へと這い上がる。

 それはふたり……とくに土居にとって、「自分の奥底にある何か」が揺り動かされた瞬間だった。

 その、最浮上の契機から約1年――。

 土居と日比野はツアー大会、それも日本開催の大会で、シングルスの決勝へと駆け上がった。準決勝の当日には、まずは日比野がひと足先に決勝の席を確保し、数時間後に土居が続く。日本人決勝を実現したふたりは、試合後のジムで「じゃ、がんばろー!」の言葉とともに、ハイタッチを交わしたという。

 そんなふたりの決戦が日比野の完勝に終わったのは、相手をよく知っていたがゆえの落とし穴に、土居が陥ったからかもしれない。日比野のバックハンドの強さを知る土居はフォアサイドを狙ったが、日比野は時にスライスで打球を巧みに制御しながら、根気よくラリーを組み立てた。

「彼女にフォアで組み立てられたので、自分の形にするチャンスをもらえなかった」と土居が振り返れば、日比野は「みんな私のフォアを狙ってくるので、自然と鍛えられました」と笑みをこぼす。

 短期間で弱点を克服した、日比野の成長――。それこそが、土居の攻撃テニスを狂わした最大の因子だろう。

 試合後のセレモニーでは、まずは準優勝者が、「菜緒ちゃん、おめでとう。私もなんとか対応しようとしたけれど、菜緒ちゃんのプレーがすばらしかった」と、涙をにじませて勝者を称える。

 続いてマイクを手にした日比野は、「あえて美咲ちゃんと呼ばせてください」と前置きした後に、こう続けた。

「つらい時期の美咲ちゃんも近くで見てきた。これからも、背中を追わせていただきたいと思います」

 22年ぶりに実現したWTAツアーでの日本人決勝と、日比野が4年ぶりに手にしたタイトル――。

それは、ふたりがもがき苦しみながらも踏破してきた、切磋琢磨の日々の結晶でもあった。