副将・スナイプ級スキッパー 若泉帆風

誰もが認めるエースがいる。副将・スキッパーの若泉帆風だ。初心者から競技を始める部員が多いヨット部の中で、経験者として入部。下級生の頃からレースに出場し続けた。幹部学年となった現在は部の中で1番艇(実力者が操縦する艇)を任される存在に。まさに実戦で引っ張る副将だ。だが、試合直前に襲ったのはあまりにも残酷な現実。それでも前向きに闘い続ける彼女を取材した。

海上で闘い続けた実力者―若泉帆風
必ず上位でやってくる。立大ヨット部のエースがいた。小学校の時にヨット競技を経験していたこともあり、入部を決意。経験を生かした的確なコース取り、操縦はチーム内でも一番の実力だった。下級生の頃からレースに出場し経験を培い、上級生になると多くのレースで1番艇を操縦する。長きに渡り、チームを牽引した。昨秋の関東大学ヨット選手権大会女子レースでは柴﨑(19年卒)とのペアで3位入賞。立大としては史上初の快挙をもたらした。


笑顔を見せる柴﨑(19年卒)と若泉(観4=写真左)

不意に訪れた辛い時間
今年の若泉も海上で闘い続けていた。副将を任された今年度、個人の目標として“結果で支える“ことを決意した。小さな大会から大きな大会まで、チームの手本として先頭を走り続ける。誰もが認めるスナイプ級のエースだった。
近づいてくる最後の大会。だが、あまりにも残酷な現実が彼女を襲う。8月にヘルニアを発症した。スキッパーは船の舵を取るために体全体を使う、強靭な体幹が必要とされるポジション。風や波の状況に応じて船から身を乗り出すような体勢で操縦する必要もある。1レース1時間、1日6レース行われる過酷なレースでの疲労は彼女の身体に突然襲い掛かった。
大好きなヨットに乗れない、絶望の時間が続いた。これまで第一線で闘い続けた彼女にとって受け入れがたい現実だった。「秋インカレまであと…」考えるごとに焦りと不安が募る。部員からの期待も大きく、大会間近まで完治を待つ選択肢もあった。だが、座るのもままならない状況。皮肉にも彼女自身が“厳しい状況”であったことを一番理解していた。


レスキュー艇から出場選手を見守る若泉。レース終了後にはアドバイスを送る

勝利のための選択肢
「今、どうやってチームに貢献するか」差し迫る秋インカレを前に考え続けた。身体は動かないが出場したい思いは大きい。だが、チーム状況を考え、後輩に出場機会を譲った。「もうヨットには乗れないかもしれない…」こみあがる感情を押し殺し、「頑張ってきてね!」と後輩たちへ元気な声援を送る。練習・大会ではレスキュー艇に乗船し、アドバイスを送り続けた。最後までチームを支え続ける副将としての意地だった。
時には厳しく指導した。「あなたが1番艇に乗っているんだよ!そんなに遅かったらつとまらないよ!」スキッパーとして頭角を現す大坂(現2)に遠慮のない言葉を飛ばす。大坂は大学入学以前もヨット競技をしていた下級生。自身と同じ経験者という立場だからこそ、今後チームを引っ張っていく存在になる。何か一つでもチームに貢献するために、チームを強くするために、必死だった。

勝つためのメッセージ
どんなレースでも彼女は疑問形でアドバイスを始める。「今のレースどうだったの?何があったの?」指摘から始めることは少ない。先に答えを与えずに一度考えさせる。“常に疑い続ける”ことを後輩たちに意識させた。自然を相手に闘うヨット競技は運否天賦な一面が大半を占める競技とも見える。だが、勝利のカギはそれだけではない。体重移動の仕方、セール(帆)を張るタイミングやスピード。努力次第で速くなれる。なぜ遅いのか、なぜ速かったのか、日ごろのレースから考えることが重要だと語り続けた。経験者だからこそ伝えられることだった。

最後まで乗っているのは1番艇
「ヨットに乗りたい!」インタビュー中に残した本音がすべてを物語っている。副将として、実力者として一番艇でチームを牽引したい。その思いは変わらない。後輩へアドバイスを送り続ける中で、必死に怪我と向き合い続けた。もう一度海へ出られることを誰もが信じてやまない。
どんな状況であれ、チームにとって大きな存在となることは変わらない。海上でチームを支え続けた4年間。誰よりも多く培った経験は的確なアドバイスへと変わり、後輩たちの大きな支えとなる。船の上から真剣に聞く後輩たちの表情には若泉への絶対的信頼が表れていた。インカレまであと僅か。彼女の運命は誰にも分らない。だが、一つだけ分かっていることは、どんな形であれ、最後までチームの一番艇で部員たちを牽引し続けていることだ。

(山口史泰)