主将・470級リーダー 関陸杜

2018年秋の関東学生ヨット選手権大会決勝。藤田(当時主将・19年卒)が率いる最後の大会だった。8位以上の入賞で全日本学生選手権大会(全日本)出場権を獲得できるヨット部にとっては集大成ともいえる大会。「全日本の海へ行こう!」強風の中、熱血な優しい主将が舵を取った。だが、470級11位、スナイプ級10位。惜しくも願いは叶わない。全日本出場が夢物語となる中で、主将・関は鬼となった。

不安な新体制


クルーとして大会に出場していた当時の関(写真左)

「目標は秋インカレ6位入賞。両クラス全日本出場。」新体制になった直後に主将・関が言い放った目標に厳しい声が向けられた。「本当に大丈夫か?お前たち達成できるのか?」卒業生達からは疑問が向けられた。無理もない状況であった。立大が最後に全日本へ出場したのは2015年。以降は多くのレースで後方を走る日々が続き、昨年度の大会でも8位以上が全日本出場権を獲得できる中で10位に終わっている。新体制のチーム状況にも不安が残る。全日本で闘っていた立大を知る代は卒業してしまった。目標と現実のギャップはあまりにも大きなもの。6位入賞の目標はあまりにも現実味に欠けるものだった。


前年度の主将・藤田とペアを組んだ関(写真前方)

固い決意と厳しい主将像
高く設定した目標には理由があった。ヨット部はとりわけ卒業生とのつながりが強い。どんな大会にも駆けてくれる先輩。新艇や備品を惜しみなく与えてくれる先輩達がいた。「恩返しをしなければいけない。感謝を伝えるためには結果を残さなければ」。思いは使命に代わっていく。“全日本へ出場できるチーム”ではなく、“全日本で闘えるチーム”を目指すことを決意した。
行動にも妥協はなかった。「そんなことも出来なくて恥ずかしくないのか!もう海に出なくていい!」後輩のミスや不甲斐ない成績には遠慮のない言葉を飛ばす。指摘するのはレースの内容だけではない。陸上での練習や合宿所での生活態度まで厳しい言葉を飛ばす。些細なことでも見逃さなかった。

自分の役割
「関さん怖い…」後輩から受ける冷ややかな目線。だが、本人が一番悩んでいた。「こんなこと言われたら嫌だよな」。言葉をぶつける後輩を前に心が揺らぐ。もちろん“慕われる優しい先輩”でありたい。当たり前の感情があった。だが、彼が主将に選ばれた理由は、誰よりも真剣に厳しく競技に打ち込み、厳しい意見が言える面が評価を得たからだった。部員の多くが初心者から始める競技の特性上、経験の浅い下級生には関の指摘を理解することは難しい。関自身も初心者から始めている。ヨットは大学から始めた競技。下級生の気持ちを理解していながらも、初心者が強くなる術を一番理解していた。「嫌われてでもいい。でも、あいつらを全日本に連れていきたい!」後輩への愛を抱きながら、甘やかすことなく、時として容赦のない言葉をぶつけた。自分の役割を信じ続けた。

支えてくれた仲間たち
迷い続けた主将像。それでも後輩はついてきた。時が流れるほどに後輩たちの成長を感じていた。1年生の指導係を務める2年生は優しい指導だけでなく、時には厳しく叱る場面も見られるように。3年生は今後を担う幹部学年としてより厳しくレースの順位や練習に向き合っていた。成績面でも後輩に支えられる場面があった。自身が乗る470級の一番艇(実力者が乗る艇)は下級生が務めている。スナイプ級では、ムルター(済4)・中村(文4)ペアが10年ぶりの全日本個戦に出場し、続く後輩達も上位を走っていた。レースでも練習でも、それぞれが役割を徹底し、全日本も見えてきた。後輩の成長を感じ、安堵するとともに、「自分も頑張らなければ」と背中を押された。


色紙に書いた言葉は「覚悟」自身が持つ最後の覚悟は使命を果たすことだ

勝って楽しいチームへ
「チームリーダーが走らないといけない」。最後に自身の使命を語った。これまでは誰よりも厳しさを見せてチームを支えた。だが、成績面では後輩たちに支えられていた。初心者から飛び込んだヨットの世界。他の人に比べて経験に長けてはいないが、「初心者だったから」と言い訳はできない。最後は結果に、自分に厳しくヨットと向き合う。

まもなく始まる4年生が挑む最後の大会・関東学生ヨット選手権大会。1年間の真価が問われる時が来た。先輩は“これからも全日本で笑っている後輩達”を見るために。後輩は“笑顔で引退できる先輩達”を見るために。各々がそれぞれの役割を果たし、全日本出場に挑む。さあ、笑顔を見せてくれ。

(インタビュー川崎翔海・山口史泰/文 山口史泰)
関東学生ヨット選手権大会 団体戦予選
9月28日 神奈川・森戸海岸にて開幕

お忙しい中、ご協力ありがとうございました。
「立教スポーツ」編集部 ヨット部担当 一同