試合後の足取りが重い。 バレーボール女子のワールドカップ(W杯)で、日本の司令塔を務めるセッター・佐藤美弥(日立リヴァーレ)の笑顔を、この大会が始まってから取材エリアで見ていない。ここまでのW杯8試合すべてにスタメンで出場したセッター…

 試合後の足取りが重い。

 バレーボール女子のワールドカップ(W杯)で、日本の司令塔を務めるセッター・佐藤美弥(日立リヴァーレ)の笑顔を、この大会が始まってから取材エリアで見ていない。



ここまでのW杯8試合すべてにスタメンで出場したセッターの佐藤

 9月24日、ブラジルにセットカウント0-3で敗れ3勝5敗(8位)。3戦を残して日本のメダル獲得の可能性が完全に消えた。これまでの全試合で先発に起用されるなか、黒星ばかりが積み重なっていく現実が29歳の肩に重くのしかかる。ブラジルとの戦いを終えたあと、佐藤はやはり、いつものように反省の言葉を並べた。

「もっともっとやるべきこと、やらなきゃいけないことがある。本当に自分の実力不足を感じました」

 14-25、21-25、23-25。得点だけを見れば第2、第3セットは競ったといえるが、内容を見れば完敗だった。日本のスパイク打数の大半を占めるレフト側からの攻撃に対する、ブラジルの守備はまさに鉄壁だった。

 ストレートは確実にブロックでコースを消し、ブロック脇や間にはレシーバーが待ち構えている。石井優希(久光製薬スプリングス)や石川真佑(東レ・アローズ)の、渾身の力を込めた強打が決まらない。拾われて、逆に相手に得点を許す。

 この試合でレフトからの攻撃を担った3人の決定率は、石井の25パーセントが最高で、石川が21.62パーセント、古賀紗理那(NECレッドロケッツ)が22.23パーセント。鉄壁を崩すためには、ミドルブロッカーやライト側の攻撃を織り交ぜ、相手ブロッカーやレシーバーを揺さぶって守備陣形を乱さねばならない。しかし、チームのスパイク打数149本のうち、99本を石井、石川、古賀の3人で占めた。

「とくに、ラリー中や切り返しの攻撃でレフトにすごく集まっていた。どこかで相手にほかを印象づけるということをしていかないと、いくらいい球を打っていても拾われてしまう」
 
 佐藤が今大会で抱える課題が、この言葉に凝縮されていた。

 おそらく、これまでの8戦で佐藤が自分自身に及第点を与えられるのは、セットカウント3-1で勝った初戦のドミニカ共和国戦ぐらいだろう。この試合ではバックアタックを多く使い、バランスのいい攻撃ができていた。実際、中田久美監督も「選択肢をたくさん持ちながらトスを上げていた。相手ブロックを先に動かしてから、その逆を上げていくというトス回しをしていたのが非常によかった」と評価している。しかし、フルセットで屈した翌日のロシア戦から、徐々にそのトスワークが影を潜めてしまった。

 もともと、中田監督に「ミドルブロッカーを引っかけての展開がうまい」と言わしめる多彩なトスワークが持ち味だ。日本人では長身セッターに分類される身長175センチの高さ。そして、ジャンプトスを怠ることなく、常に高いセットアップ位置でボールをアタッカーに供給する技術は群を抜いている。

 それだけに、W杯で力を発揮できないことにジレンマを抱えている。むろん、負けたのはチームとしての結果であり、佐藤ひとりが抱え込むことではない。チームのコンセプトとして1本目のパスが低くなっていることで、難しい状況が作られていることも原因のひとつだろう。だが、コートでもっともボールに触れる回数が多いポジションであり、誰よりも責任感が強い佐藤だからこそ、悩みは深い。

 W杯に期するものは大きかった。昨季も正セッターとして期待され、事実、8月のアジア大会ではその役割を全うした。結果は中国、韓国、タイというアジアのライバルからひとつも白星を挙げられない4位だったが、大会を通して大役を果たしたことで得たものは大きかった。

 その成果を9月末の世界選手権に――。そう思っていた矢先に右肩のケガで代表離脱を余儀なくされた。世界選手権で6位に食い込んだチームの活躍をテレビで見るのは、つらいことだった。

「いい試合を重ねていて、チームが固まっていくように見えて……。すごい悔しかったです」

 東京五輪を目指すなかで、後れを取ってしまったという焦りもあった。だからこそ、「ここで結果を出さないといけない。チャンスをつかまないといけない」という固い決意を胸に、今大会に挑んでいた。
 
 だが、勝てない。佐藤はその事実から目を背けず、正面から向き合っている。石井や古賀、石川らとコミュニケーションを取り、微妙にトスの高さに変化をつけたり、出すタイミングを少し変えてみたり……。全体練習が終わったあとも、納得いくまでアタッカーとトスを合わせることもある。敗戦が続く重苦しい状況でも、映像を見直して反省し、課題を埋めていく作業を欠くことはない。

 世界3大大会(五輪、世界選手権、W杯)と言われる大舞台で日本の正セッターを務める重圧も、身をもって味わっている。

「重いものだとは思っていたし、その責任もわかっていたつもりなんですけどね……。自分の力が出し切れないということは、セッターとしてチームみんなの力が引き出せないということ。みんなが歯がゆさを感じながらプレーしてしまうことになるのかな、とも思っている。結果にはすごい責任も感じるし、プレッシャーもなくはないですけど、それに打ち勝っていかなきゃいけない」

 佐藤の目は、まだ戦う意志を失っていない。ブラジル戦後、こうも言った。

「通用する部分もしっかり見えたので、この敗戦を次につなげたいと思います」

 ようやく射止めた正セッターの座。ここで折れるわけにはいかない。佐藤自身が、何よりもそのことをわかっている。

 佐藤のトスワークが輝きを取り戻したとき、日本に反攻の時が訪れるはずだ。