“運命の一戦”が間近に迫っている。 ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級の決勝戦、井上尚弥(大橋ジム)vsノニト・ドネア(フィリピン)戦が、11月7日にさいたまスーパーアリーナで行なわれる。WBA、IBF世界バンタ…

“運命の一戦”が間近に迫っている。

 ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級の決勝戦、井上尚弥(大橋ジム)vsノニト・ドネア(フィリピン)戦が、11月7日にさいたまスーパーアリーナで行なわれる。WBA、IBF世界バンタム級タイトルもかかった一戦は、日本ボクシング史上最大級のファイトとして注目度が高まっている。

 試合まで2カ月を切った9月14日。ラスベガスにいるドネアを訪ね、じっくりと話をきいた。5階級を制し、軽量級を代表する男にとっても、今回のタイトル戦が極めて重要な戦いであることは間違いない。かつて、井上の憧れでもあったスーパースターは、何を思って”アジアでのメガファイト”に臨むのか。




WBSS決勝の記者会見に臨んだ井上(左)とドネア(右)

--8月26日に都内で行なわれた井上戦の記者会見にあなたも出席されましたが、これまでも何度か日本を訪れているそうですね。今回の滞在はどうでしたか? 

「すばらしかったですよ。日本には多くの友人がいますし、本当に大好きな国です。漫画をはじめジャパニーズ・カルチャーも大のお気に入り。日本に行く時は、いつも最高の気分になるんです」

--あらためて、井上選手の印象を聞かせてもらえますか?

「いい選手ですね。強く、速く、学ぶことを忘れていない。まだ発展途上で、とてもデンジャラスな選手です」

--とくに際立つ部分を挙げるなら?

「現在、すごくいい流れの中にいて、彼が自身を”アンストッパブル”である(誰にも止められない)と感じていることです。あとは何といっても、とんでもないパワーを備えていることでしょう」

--井上選手との初対面は、2014年12月の井上vsオマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦の前だったとのこと。その試合で井上は、実績豊富なナルバエスに2回TKOで圧勝しました。当時と比べて印象は変わりましたか?

「あの試合前に、私は井上にアドバイスをしましたが、それから彼は大きく成長したと思います。今年の5月、スコットランドで行なわれたIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)戦の結果(2回KO勝利)には、『あれほど早く終わらせてしまうとは』と、私もかなり驚かされました。あの日、井上が私の予想を上回るボクシングを見せたことは確かです」

--軽量級の新旧スターであり、旧知の仲でもあるあなたと井上の対決は、漫画や映画のストーリーのようですね。ご自身でも運命的だと感じていますか?

「はい、その通りですね(うれしそうに笑う)。初めて彼に会った時、私の試合をずっと見て、尊敬していると言ってくれました。その彼がハードワークを続け、成長し、対戦できることになったんです。おっしゃる通り、まるで映画のよう。とても魅力的な展開だと思っています」

--明かせる範囲でかまわないので、井上戦のファイトプランを教えてもらえますか?

「彼にはすばらしいパワー、スピードがありますが、私にもある。そんな試合では”適応”が重要になってきます。試合で彼がどう戦うのかを見て、それに適応する。非常に高いレベルの選手のスタイル、ゲームプランはひとつではありません。彼も複数のゲームプランを持っているはずですが、私には本当にたくさんの戦術があるのです」

--弱点はあるのでしょうか?

「彼にはたくさんの弱点があると思いますよ。アグレッシブになりすぎる時、守備的になりすぎる時もある。それらは悪いことばかりではなく、うまく使いこなせば武器になりますが、彼はまだ若いのでつけいるスキがある。これまでタフな選手と戦ったことはあっても、私ほど知的なファイターと拳を交えたことはないはずです」

--井上選手が若いと指摘しましたが、ドネア選手は36歳で「大ベテラン」と呼ばれる年齢になりました。衰えを感じることもあると思いますが、逆に向上した部分を挙げるとしたら?

「試合に向けた準備、戦いの組み立て方がうまくなったと思っています。何より、より自信を持って試合に臨めるようになったことが、今の私の最大の武器です。これまでリング上であらゆることを目にしてきましたし、何が起こっても驚かされることはありません」

--WBSSについても少しお聞きします。井上戦が正式発表される前、あなたが主催者への不信感から「辞退を考えている」との報道がありました。実際はどうだったのでしょうか。

「私たちは決勝戦の日程が決定するのを待っていましたが、なかなか連絡がありませんでした。マネージャー、プロモーターが声をかけても返事はなし。『その気になれば、いつでも他の試合が組めるんだ』と伝えたら、ようやく主催者から返事が来たというわけです」

--スーパーライト級の同大会で決勝に進んだ、レジス・プログレイス(アメリカ)陣営も、「お金ではなく、日程、コミュニケーションが問題だった」と話していましたね。

「まったく同じです。できたのは座って待つことだけ。お金うんぬんではなく、今後のプランが立てられないことが問題でした。ただ、無事に試合が決まったので、すべては過去の話です」

--あなたはフライ級からフェザー級までの5階級を制覇しながら、WBSSに参加するために、30代半ばにしてバンタム級に戻ってきました。減量は厳しくないですか?

「体重調整はまったく問題ではないんですよ。フェザー級では小柄でしたし、サイズで上回る相手との戦いにやりがいを見出していました。井上が上がってきたことで、バンタム級での戦いも”新たなチャレンジ”と考えられるようになり、また階級を下げたわけです。WBSSのオファーが来たときも、参加の決断をすることは容易でした」

--ボクサーとしては、ほぼすべてを手にしてきたと思いますが……

「(質問を遮るように)まだ手に入れていないものがあるんです。5階級制覇、複数回のタイトル奪取、年間最高KO、年間最高ファイターなど、あらゆるものを手にしてきましたが、まだ全4団体の統一王者になったことがない。その称号を、バンタム級で得たいと考えています。

 それもあくまで、モチベーションのひとつですけどね。私が戦い続けるのは、ボクシングを愛しているからです。4団体統一王者になったら満足して引退するということではなく、体が許す限りボクサーであり続けたいと思っています。将来、『あの時、あと数年戦っておけばよかった』とは思いたくないですから」

--引退を意識したことはないんですか?

「(2012年10月の)西岡利晃(帝拳ジム)戦の後には、『ボクシングはもう終わりだ』と感じました」

--西岡戦は、傍目には相手を圧倒してのKO勝ち(9回TKO)に見えましたが、後に「精神的に疲れるファイトだった」と話していましたね。

「チェスのようなファイトでしたからね。西岡は後に『ドネアが常に一歩先を行っていた』と話していたと記憶していますが、それができたから、私は主導権を握ることができたのでしょう。しかし、西岡は特筆すべきボクサーで、いまだにリスペクトしています。あの勝利はすごく満足できるものだったので、試合後に『もう終わりでいい』と感じたのでしょう」

--実際にはその後も戦い続けるわけですが、引退を決めなかった理由は?

「(西岡戦後の)ホルヘ・アルセ(メキシコ)戦、ギレルモ・リゴンドウ(キューバ)戦は、高額のオファーをもらったという側面がありますが、当時はやる気がなく、リングに立ちたかったわけではなかったんです。しかし、リゴンドウに(判定で)敗れた後に、まだ戦い続けたい、勝ち続けたいと思う自分がいると気づきました。その後、どうすれば元の位置に戻れるかを考え、数年が必要でしたが、今ではそこに戻ってこれたと信じています」

--現在考えている、ボクサーとしての最終目標とは?

「ボクシングを楽しみ続け、その過程であらゆる人たちに、とくに子供たちに『彼のようになりたい』と思ってもらえたらすばらしいですね」

--ボクシングを”楽しむ”とのことですが、恐怖心はないのでしょうか?

「恐怖を感じない人間はいないと思います。不確かなことを恐れるのは人間として普通なことです。ただ、私は長くボクシングを続け、恐怖心は自らを奮い立たせることにつながることもわかっています。次の試合は厳しいものだと思うとエキサイトできる。強い選手と戦うと思うと、自分も強くなれるんです。

 だから今では、”強い”と感じない選手とは戦いたくありません。成長するためには、自分自身に新たな挑戦を課す必要があるということを理解したおかげで、リング上では恐怖よりも興奮を感じるようになりました。これまでに、あらゆる経験をしてきたおかげだと思っています」

--さまざまな経験をしてきた中でも、井上選手は過去最強の相手かもしれない、という予感はありますか?

「確かに井上はすごい選手で、リスペクトもしています。ただ、先ほども言ったように多くの欠点も見えます。私の目標は、彼を厳しい状況の中に引きずり込むこと。彼はそれを味わった経験がないでしょうから、どう反応するか見てみたいですね。深い水の中に飲み込まれてしまうのか、浮かび上がることができるのか。私は彼をそういう状況に追い込めると思っていますし、そうなったら日本の人々にとってもエキサイティングな試合になるでしょう。

 私は日本という国、人々に感謝しています。そして、井上との試合で日本の方たちに最高の贈り物ができるとも考えています。私はすべてを出し切り、誰もが忘れられない試合になるでしょう」