優勝が決まった瞬間、大坂なおみは両親が座っている関係者席に向かって満面の笑みを見せた。それから達成感に浸るように顔を大阪の空に向け、目を閉じて喜びをかみしめた――。



生まれ故郷の大阪で、優勝プレートを手にして微笑む大坂

 東レ パン パシフィックオープンテニス(東レPPO)決勝で、第1シードの大坂なおみ(WTAランキング4位、9月16日づけ、以下同)は、アナスタシア・パブリュチェンコワ(41位、ロシア)を6-2、6-3で破って初優勝を飾った。日本人選手としては、1995年の伊達公子以来24年ぶりの優勝となる。

 これまで大坂は、東レPPOで2016年と2018年で準優勝しており、3度目の正直でつかみ取った初優勝となった。大坂のキャリア通算4回目の優勝は、日本で開催されるWTA大会での初タイトルであり、生まれ故郷でのうれしい戴冠となった。

「私にとっては特別に感じる大会のひとつですし、この優勝がスペシャルなものであることは間違いないです。この大会で優勝したいと思っていたので、実現できて本当にうれしい」

 決勝で得意のフォアハンドストロークが好調だった大坂は、ラリーで主導権を握ってパブリュチェンコワを圧倒。終始ゲームを支配した。

 さらに圧巻だったのが、大坂のサーブだ。時速180~190キロの高速フラットサーブと、時速150~160キロの回転系サーブを駆使して緩急をつけ、サービスボックスのコーナーを狙うサーブも打った。そうすることでパブリュチェンコワに的を絞らせないと同時にタイミングもはずし、サービスゲームを常に優位に進めることができていた。

「彼女(大坂)のサーブがすばらしかった。何とかブレークしようと、彼女のサーブをやりづらくさせようと、リターンポジションを(ベースラインの)後ろに下げてみたりしたけど、突破口を見つけられなかった」(パブリュチェンコワ)

 結局、パブリュチェンコワは活路を見出せないまま、1ポイントもブレークポイントを奪えなかった。

 大坂のファーストサーブでのポイント獲得率は100%(20/20)という驚異的な数字。それをツアーで12回優勝している相手に対してやってのけた大坂の力が、現在の女子テニス界で際立っていることをあらためて感じさせる試合となった。

 今回の東レPPOで、大坂は「自分の気持ちが高揚しすぎなければ、うまくプレーできる」と、自分に言い聞かせながら戦ったという。

 気持ちに乱れが生じて、大坂が苦戦を強いられたのは、ユリア・プティンツェワとの準々決勝だったが、冷静さを取り戻した準決勝と決勝では、自分自身のプレーを貫徹して相手を凌駕した。

 そして、今回の優勝までの道のりで学んだことを、大坂は次のように挙げた。

「ひたすら毎ポイント集中していくことと、常にポジティブなエネルギーを持つことです」

 2019年シーズン、1月のオーストラリアンオープン以来となる待望の優勝となった今大会を起爆剤にして、世界ナンバーワン奪還へ向けて再浮上のきっかけにしたいところだ。それについて大坂は、現時点では「確信できるほどではない、というのが本当のところです」と正直に答えた。今後、大坂は中国へ移動して北京と天津で開催されるWTA大会に出場する予定だ。

 今回の優勝で大坂の調子が上向いてくるかどうか不確定な部分はあるが、上昇気流をつかむきっかけになる結果と言えるだろう。

 また、年間成績上位8人が出場する女子ツアー最終戦・WTAファイナルズの出場権争いで、大坂は、今回の優勝ポイントを加算して4246点になり、7位から5位に上がる予定だ。2年連続2回目の出場へ向けて好位置につけている。

「ここ数カ月間、自分の調子が上がらない部分もあったので、ここ(生まれ故郷の大阪)でいい形として現れたのは運命的かもしれません。今シーズンまだ残りの大会がありますが、優勝できて本当によかった」

 生まれてから3歳まで大阪で過ごしていた大坂は、当時の鮮明な記憶はあまりなく、「母と姉と一緒に肉まんを食べた思い出がかすかに残っている程度」と言う。だが、両親の目の前で成し遂げた今回の大阪での優勝は、この先も色褪せることのないすばらしい思い出になるに違いない。