「これがワールドカップだ」 それを強く実感した選手がいる。アジアで初めて開かれた楕円球の祭典で、「9番」をつけて先発したラグビー日本代表のリーダーのひとり、SH(スクラムハーフ)流大(ながれ・ゆたか/サントリー)だ。ロシア戦に先発したスクラ…

「これがワールドカップだ」

 それを強く実感した選手がいる。アジアで初めて開かれた楕円球の祭典で、「9番」をつけて先発したラグビー日本代表のリーダーのひとり、SH(スクラムハーフ)流大(ながれ・ゆたか/サントリー)だ。



ロシア戦に先発したスクラフハームの流大

 9月20日、東京スタジアムでラグビーワールドカップ2019日本大会の開幕戦が行なわれ、日本代表(世界ランキング10位)は格下のロシア代表(同20位)を迎えた。日本代表はWTB(ウイング)松島幸太朗(サントリー)のハットトリックを含む4トライを挙げて30-10で勝利し、ボーナスポイント(※)を含む勝ち点5を得た。

※勝ち点の加算法/勝利=4ポイント、引き分け=2ポイント、敗戦=0ポイント。ボーナスポイントとして、勝敗にかかわらずトライ数が4個以上=1ポイント、7点差以内での敗戦=1ポイント。

 流にとって、ワールカップは幼い頃から憧れてきた夢の舞台だった。

 福岡県久留米市出身。小学校3年から地元のりんどうヤングラガーズで競技を始め、高校は福岡の強豪・東福岡高への進学も考えたが、熱心に誘われた熊本の荒尾高(現・岱志/たいし高)に通った。その頃から、部屋の天井には「日本代表になる」という目標を貼り、コツコツと努力を続けてきた。

 日本で開催される、初めてのワールドカップ。45,000人を超える大観衆--。練習前のアップの段階で、胸の鼓動は一気に高鳴った。「胸が高鳴り過ぎて、いつもと違う感じがした」と振り返る。

 練習でも硬さが取れず、周りの選手も普段はしないようなミスをする。ハーフ団を組んだSO(スタンドオフ)田村優(キヤノン)も、「10日間くらい緊張していてずっと寝られなかった。本当に今日が早く終わってほしかった」と吐露するほどだった。

 試合前、流らリーダー陣が主体となって話し合った。「みんな緊張でガチガチでしたが、『これがワールドカップだ』と。自分たちがやってきたことを、ひとつひとつやって行こう」(流)

 それでも、試合は自分たちの思うように運ばなかった。

「プレッシャーや試合を楽しもう」と選手たちは口々に言っていたものの、相手のキックオフをいきなりミスして攻め込まれる。前半4分、相手のハイボールを日本代表FBウィリアム・トゥポウ(コカ・コーラ)が落球し、相手WTBにそのルーズボールを取られ、そのままトライを許してしまう。

 悪い流れになりかけた。だが、流はすかさずみんなに声をかけて励まし、時には尻を叩きながらチームメイトを鼓舞し続けた。

「緊張はしていましたが、試合を通してコミュニケーションは取れていました。ちょっとでもみんなを発奮させようと、『勝つには80分、絶対かかる』、『今、トライが獲れなくても、必ずチャンスは来る。目の前のことに集中して、それをやり続けよう』と言いました」。

 流のリーダーシップは折り紙付きだ。荒尾高はもちろん、帝京大時代もスキッパーとしてチームを引っ張り、大学選手権6連覇に貢献した。サントリーでも「一番きつい時、一番声を出せる選手」と高く評価され、入団2年目でキャプテンに抜擢。チームを2年連続でトップリーグ制覇に導いた。

 そのリーダーシップを、ジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)も高く評価する。2017年春のアジア勢との国際大会では、当時まだ代表経験のない流をキャプテンに指名。代表初キャップ獲得と同時にキャプテンとしてテストマッチに出場したのは、ワールドカップで2度キャプテンを務めたNo.8(ナンバーエイト)箕内拓郎以来の快挙だった。

 ロシア代表戦の序盤は緊張により、ノックオンなどのミスが目立った。だが、キャプテンのFL(フランカー)リーチ マイケルを筆頭にリーダー陣の鼓舞によって、徐々に緊張は和らいでいった。そして前半12分、そして前半39分とWTB松島の連続トライで、12-7とリードしてハーフタイムとなった。

 後半、日本代表はロシア代表のキック戦略に付き合わず、「ボールを持った時にしっかり保持してスコアに持っていこう」(流)と戦略をやや修正。結果、後半は相手をPG(ペナルティゴール)1本のみの3点に抑えて30-10で勝利した。

 開幕戦を終えて、流はこう語る。

「結果、勝ち点5が取れたことはよかった。次はアイルランド代表戦(9月28日/静岡・エコパスタジアム)。しっかり、いい準備をしたい。スクラムハーフ(田中史朗/キヤノン、茂野海人/トヨタ自動車)は誰が出場しても、自分の役割を果たすだけです。先発でも、控えでも、メンバー外でも、チームのためになる行動を取っていきたい」

 流はリーダーとして、さらに大きく成長を遂げた。ピッチ内でも、ピッチ外でも、最後までチームマンとしての役割に徹する覚悟でいる。そして、日本のファンについてはこう述べた。

「最高の雰囲気で、最高の声援で、僕たちを後押ししてくれた。感謝しています」

 流は開幕戦で着たジャージーを、1枚は家族に、そしてもう1枚は高校時代の恩師・徳井清明先生に渡す予定だ。