先日「全米オープン」4回戦で左肩の怪我により途中棄権し、現在「楽天ジャパン オープン」(日本・ 東京 /9月30日~10月6日/ハードコート)での復帰を目指し療養中のノバク・ジョコビッチ(セルビア)。米テニスメディアTennis World USAが、彼の母親であるディヤナさんがインタビューで語った、ジョコビッチの幼少期の頃のエピソードを紹介している。

Dianaさんは、自分と旦那さんのSrdjanさんの、どちらの方がノバクを含めた3人の子供たちに対して、厳しく教育をしたかとの問いに、「両方とも厳しかったと思うわ。彼がより厳しかったり、私の方が厳しい時もあった」

「私たちは、子供たちには常に、しっかりとした教育を受けて、賢くあれと言い聞かせてきたの。言葉遣いにもうるさく注意したわ。とても教育熱心だったと言えるわね。私たちが間違っていたとは思っていない。最近の子供たちの環境は変わってきている。子供に、自分のことは自分で決めるようにさせているという親が増えているわ」

「4歳や5歳、はたまた10歳や15歳そこそこの坊やが、何を決められるっていうの?大人になれば、なんでも自分で決められるようになるわ。私たちは息子をとても信じていたの。最初に息子の才能に気が付いたのはエレナ・ゲンチッチよ。彼女はモニカ・セレス(アメリカ)以来の大物だと言ってくれた。旦那は確信が持てなくて、他の人の意見も聞きにいったけれど、誰もが息子の才能を認めてくれたわ」

「息子にとって世界一になることは、あまり現実的ではなかったみたいね。けれど、ジュニアのタイトルを獲得し始めて、私は、彼ならば成し遂げられると思ったわ。でも、13歳になった時に、ゲンチッチが息子のコーチをするのはもう限界だと言われて、より良いコーチを探してあげなくてはならなくなったの」

「当初はアメリカに行かせるべきだと言われたけれど、私たちにはあり得ない選択肢だった。それで、息子にはドイツのニコラ・ピリッチ(クロアチア)のもとへ行かせたの。とても苦しい選択だったわ。なんせ私たちにはお金なんてなかったから。彼が旅立った後、2~3ヶ月は会いに行くこともできなかった」

「最初は、ノバクがいなくなって、自分の一部がどこかに行ってしまった気分になったけれど、徐々に息子が各地のトーナメントに出向いて、旅することに慣れていったわ。うちには、もう2人息子がいるけれど、彼らも家を出たから、自宅には私と旦那と犬だけが残された。でも、息子たちは、今もちゃんと連絡を取り合っているみたいで、それはうれしいことだわ」

ディヤナさんはこのように、ジョコビッチの幼少期を語った。飲食店を営むディヤナさんとSrdjanさんのもとに長男として生まれ、4歳でテニスを始めたジョコビッチ。彼が11歳の時にコソボ紛争にNATOが介入し、セルビアへの空爆が始まった。それでもジョコビッチは「同じ場所は爆撃されないだろう」と、あえて空爆の跡地を選び、毎日何時間も練習したという。12歳には両親が借金をして留学させ単身ドイツへ渡たり、16歳でプロに転向した。

(テニスデイリー編集部)

※写真は2019年「全豪オープン」決勝でのジョコビッチ

(Photo by Scott Barbour/Getty Images)