ラグビーワールドカップ開幕まで、あとわずか。日本代表のSH(スクラムハーフ)茂野海人(トヨタ自動車)は本番を目前に控え、「9番は渡さない。誰にも負けたくないので強気にプレーしたい」と語る。 現在28歳。SHとして円熟味を帯びてきた茂野は、…

 ラグビーワールドカップ開幕まで、あとわずか。日本代表のSH(スクラムハーフ)茂野海人(トヨタ自動車)は本番を目前に控え、「9番は渡さない。誰にも負けたくないので強気にプレーしたい」と語る。

 現在28歳。SHとして円熟味を帯びてきた茂野は、今大会が初のワールドカップの舞台となる。



初のワールドカップに臨むスクラムハーフの茂野海人

「素直にうれしい。ベスト8に入れるように、選ばれなかったメンバーの分まで、120%を出して毎試合勝ちたい。日本を背負うプレッシャーもあるが、その中で自分のパフォーマンスを出したい」

 今年2月から始まった日本代表候補の合宿に、茂野の姿はなかった。

 今年初めの時点でSHのポジションは、日本初スーパーラグビー選手の田中史朗(キヤノン)、リーダーシップに長けた流大(ながれ・ゆたか/サントリー)に続き、「3番目の男」を大勢で争っている状況だった。4年目を迎えていたサンウルブズに参加した茂野は、日本代表のアタッキングコーチを務めるトニー・ブラウンのもと、世界の強豪と戦って研鑽を積んだ。

 それが、実を結んだ。6月からの宮崎合宿では、常に「1番目の男」として先発組。そして、ジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)が就任して以来、初めて格上の相手に勝利した7月末のフィジー代表戦、さらには最後のテストマッチとなった9月6日の南アフリカ代表戦でも、茂野は「9番」で先発した。

 とくにフィジー代表戦での茂野は、出色の出来だった。試合後、ジョセフHCは「パスも速く、ラン、キック、パスの判断もすばらしい。スマートでエナジーもある」と手放しで称えた。

 現在の日本代表は、SO(スタンドオフ)田村優(キヤノン)が絶対的司令塔として君臨。茂野はNECグリーンロケッツ時代、田村と5年間ハーフ団を組んでいたこともあって、他の選手よりもコンビネーションで一日の長がある。

「(茂野)海人はNECから一緒にやっているので、たぶん、僕の声のトーンで何をやるかわかっている。いろんなことを説明しなくても理解している。(プレーしていて)一番安心しています」(田村)

 茂野にとって大きな転機となったのは、2015年のニュージーランド留学だった。

 小学校3年から大阪・岬ラグビースポーツ少年団でラグビーをはじめた茂野は、岬中、江の川高(現・石見智翠館)、大東文化大で腕を磨いた。ところが社会人となった時、もうラグビーを辞めようかと悩んでいたという。「試合のなかで面白みが見つけられなくなった。楽しくなくなっていた」。

 だが、当時NECで指導を受けていた元日本代表SH辻高志コーチから、ニュージーランドへの留学を勧められる。「思いっきりやってこい」。背中を押してくれたことで、茂野は決断する。

 ニュージーランドではクラブラグビーの文化が根づいており、茂野はかつて田中も在籍したオークランドのポンソビーという名門クラブに在籍。子どもから大人までラグビーを興じる環境に身を置くことで、茂野はラグビーを楽しみつつ真剣に取り組むようになった。

「子どもの頃、柔道、水泳、スケートといろいろスポーツをさせてもらって、唯一続いたのがラグビーだった。(ニュージーランドで)再びラグビーが楽しいと思えるようになりました」

 ラグビーの楽しさを再認識した茂野は2015年秋、球さばきのうまさや強気のゲームコントロールが高く評価され、「ラグビー王国」ニュージーランドの中でもレベルの高い地域のひとつであるオークランド代表に選出される。

 その後、国内プロリーグで先発の座を確保し、現在のオールブラックスのエースであるWTB(ウィング)リエコ・イオアネともプレー。リーグ優勝こそできなかったが、決勝戦の舞台「ITMカップ(現・Mitre10カップ)」に日本人として初めて進出した。

 そんな茂野を、サンウルブズの初代指揮官となったニュージーランド人のマーク・ハメットも放っておかなかった。サンウルブズに追加招集されると、茂野はそこで結果を残し、2016年6月には日本代表にも初招集。そして、強豪のスコットランド代表戦ではトライも挙げた。

 そして2017年、茂野は大きな決断をする。

「2019年のワールドカップを考えて、プロ選手としてもう一段階レベルを上げたい」

 トヨタ自動車への移籍だ。しかし、突然の移籍だったため、リーグの規定上必要な移籍承諾書が発行されず、2017年度はトップリーグでプレーすることが叶わなかった。

 その結果、2016年秋から日本代表の指揮官に就任したジョセフから声がかかることはなく、しばらく桜のジャージーから遠ざかることを余儀なくされた。

 ただ、茂野は試合に出られない時期も努力を続けた。トヨタ自動車では相手チームを分析し、メンバー外の選手としてチームのサポートに徹する日々を送る。

「いろんなこと考えて移籍を決断し、結果的に、1年間(トップリーグに)出られなかった。でも、今となっては、出られなかった期間も自分にとっては成長することができた。今につながっています」

 トップリーグに1シーズン出られない苦しい経験を経たのち、サンウルブズでアピールを続けた結果、ワールドカップメンバーを勝ち取った。そのため、「這い上がってきた気持ちが強い」と茂野は語る。ワールドカップでは、「世界を驚かせるようなプレー、感動を与えられるようなプレーをしたい。強気にプレーしたいし、隙があればランでトライまで持っていきたい」と意気込む。

 なかでも、決勝トーナメント進出のカギを握ることになるだろう、予選プール最終戦のスコットランド代表をとくに意識している。

「(2016年に対戦した時)SH(グレイグ・)レイドローがすごくいい選手だった。対戦するチャンスがあるので、借りを返せるようにやっていきたい。当時はレイドローと差があったかもしれないですが、僕も成長したと思うので、それを発揮したい」

 茂野の魅力は、パスでもキックでもランでも「強気」でチームを前に押し出すプレーだ。それを武器に、日本代表をベスト8という高みに導くことができるか。這い上がってきた「9番」が、ついにワールドカップのピッチに立つ。