ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)が10年以上にわたりトップクラスを誇る一方、台頭する若手の少なさが憂慮されていた男子テニス界。し…

ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)が10年以上にわたりトップクラスを誇る一方、台頭する若手の少なさが憂慮されていた男子テニス界。しかし、その状況はようやく変わりつつある。着実に成長している若手選手を、その生い立ちや人となりも合わせて紹介していこう。

今回取り上げるのは、2019年「全米オープン」で準優勝のダニール・メドベージェフ(ロシア)。

四大大会ではそれまでは2019年「全豪オープン」の4回戦進出が最高だったが、夏からのハードコートシーズンに入ると一気に調子を上げ、「ATP500 ワシントン」から4大会続けてのファイナル進出。第5シードとして臨んだ「全米オープン」の決勝では、ナダル相手に最初の2セットを失いながらもフルセットまでもつれ込む熱戦を演じた。

2018年1月からの19か月でマスターズ(ATP1000)を含む5つのタイトルを獲得し、「全米オープン」後には23歳にしてキャリアハイの世界4位を記録したメドベージェフ。そんな彼がテニスに本気に取り組むようになったのはかなり最近の話であることはご存知だろうか。

6歳でテニスを始めたものの、最初はあくまでも趣味で、「自分がトップ100に入るような選手になれるとは考えたことがなかった」という。しかし彼のことを信じ続け、苦労しつつも援助してくれた両親の支えもあってプロ入りを考えるようになり、2014年に18歳でプロに転向。それでも2017年頃まではテニス選手としては不真面目で、試合前日にベッドでテレビを見ながら深夜3時まで起きていたり、試合当日にクロワッサンや大好物のパンナコッタを食べたり、試合直前の練習後にグミやキャンディをつまんでいた。「彼はいろんなことに無頓着で、どんなものを摂取すべきかも気にしないんだ」とコーチが苦笑するような生活が変わったのは、2018年のシーズン前。世界65位で参戦した2017年の「Next Gen ATPファイナルズ」で準決勝に進出した彼は、2014年から組んでいるコーチとフルタイムで契約。フィジオとメンタルコーチも雇い、生活スタイルを改善し、トレーニングにもより熱心に励むようになった。

その効果はすぐに表れ、2018年1月の「ATP250 シドニー」でツアー初優勝。さらに8月の「ATP250 ウィンストンセーラム」、10月の「楽天ジャパンオープン」も制し、トップ20入りを果たした。後者で錦織圭(日本)らを破って優勝したことについて「メンタルコーチと取り組んだことがうまくいった。まだ時々クレイジーになることはあるけど、それが僕なんだ。少し前まで『君はトップ20に入れる』なんて言われてもあり得ないと思っていた。でも、トッププレーヤーたちを破ったことで考えが変わった」と話しているように、徐々に自信と経験を身に着けていく。

その勢いは2019年になるとさらに強まり、7つのファイナルに進出し、「ATP1000 シンシナティ」を含む2つのタイトルを獲得。タイトル数こそ前年より少ないものの、トップ10の選手を5人破っている。しかもその一人は世界1位のジョコビッチで、4月の「ATP1000 モンテカルロ」と8月の「ATP1000 シンシナティ」で2連勝。モンテカルロでの試合を「僕のキャリアで最高の試合」と本人が言えば、敗れたジョコビッチも「彼はバックハンドでめったにミスをしないし、低く深いショットを打ってくる。彼相手にリズムを掴むのは大変だよ。昨年から大きく成長してきたね」と称賛。

フェデラーとナダルに勝ったことはまだないが、フェデラーには2018年10月の対戦後、「彼のショットで素晴らしいのは、決して望んでいないようなボールが来てもチャンスを作れること。正しい意図と信念があれば、不利な状況を覆せるんだよ」と評価された。フェデラーが言う通り、メドベージェフの特徴の一つは、不利なはずの状況からの逆襲だ。幼い頃からフラットなバックハンドを武器にし、リターンも得意でミスが少ない。さらにリスクを恐れず、相手のリズムを崩すためなら四大大会のような大舞台でそれまで試したことがないサーブを打つこともあるメドベージェフは、相手にとって予測不能なプレーヤーだ。「ボールをコートの中に入れることさえできれば、型にはまらないプレーは強みになる。相手をやりにくくさせ、ミスを誘うのが僕の狙い。相手の弱点を見つけてそれを突くんだ」

「全米オープン」決勝後、ナダルもメドベージェフの独特のスタイルを指摘しながら健闘を称えた。「素晴らしい決勝だった。ダニールはまだ23歳なのに、戦い方を知っているし、試合のリズムを変えることもできる。決勝の素晴らしい雰囲気は彼が作ってくれた。その戦い方、プレーの仕方でね。彼はチャンピオンだよ」

元世界1位のアンドレ・アガシ(アメリカ)やアンディ・マレー(イギリス)を指導したブラッド・ギルバートも、「相手よりスタッツで劣っていても、積極的に出て何かしら勝つ方法を見つける」と、メドベージェフをマレーになぞらえる。「全米オープン」決勝をロシアのレジェンドたち、エフゲニー・カフェルニコフとマラト・サフィンも互いに携帯メッセージをやり取りしながら見ていたそうだが、カフェルニコフは「メドベージェフは非常に賢いプレーヤーで、自分のポテンシャルを最大限に引き出すことができる」と後輩を称えている。

「全米オープン」序盤には不適切な言動で物議を醸したこともあったメドベージェフだが、決勝では諦めないプレーで観客から支持され、試合後のスピーチではジョークを言って場を和ませた。また、ロシア語と英語のほか、フランス語も話すことができ、メディア対応でも評価されている。

2019年シーズンここまでにあげた50勝はATPトップ(2位はナダルの47勝)で、「ATPファイナルズ」出場権をビッグ3に続いて獲得。かつて「ATPファイナルズ」出場について「その年の世界トップ8の一人だというのは素晴らしい気分だろうね。いつか味わってみたい」と言っていた彼が初出場の舞台でどんなプレーを見せてくれるのか、11月の開幕が待ち遠しい。

(テニスデイリー編集部)

※写真は2019年「全米オープン」でのメドベージェフ

(Photo by TPN/Getty Images)